だから素敵! あの人のヘルシートーク:女優・檀れいさん
藤沢周平原作の山田洋次監督時代劇三部作、その最後を飾る「武士の一分」。主演の木村拓哉が幼少から鍛えた剣道の腕を発揮するとあって、話題を呼んでいる。作品はまた、東北の美しい農村を背景に素朴で確かな日本人の暮らしぶりも映し出している。新之丞(木村)の妻役・加世を演じた檀れいさんに、撮影の周辺を聞いた。
食事で始まって食事で終わるというくらい、食卓のシーンが多い撮影でした。ファーストシーンは夫の新之丞がお城に行く、つまりは出勤前の夫の朝食から。質素ながら穏やかで温かい日々の暮らし、それが藩主の毒味役を務めた新之丞が失明する大事件で一変します。この恐ろしい事件も食べ物がキッカケです。
それから夫婦はさらなる悲劇に会い、絶望にさらされていきます。月日が流れ、紆余曲折の末のラストシーンも夕ご飯。出奔し、もう二度と家の敷居はまたげないと決意した加世ですが、盲目の夫にせめてものお世話がしたい…。
そのシーン、新之丞と中間(使用人)の徳平のやりとりの時、私は気持ちを作るために、ふすまを挟んだ台所の板の間でずっと正座していました。新之丞がためいきをついたり、後悔の言葉を述べている。長く続くその時間のあと、彼が芋がらの煮付けに箸をつけることになっています。その時、空気がふっと変わった気がしました。「これを作った飯炊き女を連れてこい」。涙が出るほどうれしいのと、ドキドキしたのと、恐怖に近い緊張感。そういういろんな思いが加世である私の中に走ったのを明確に覚えています。
女性として、これは一番うれしいことでしょうね。愛する人が、自分の炊いたご飯、そして一番の好物の芋がらの煮付けを食べて、自分だと分かってくれた。自分の味を覚えてくれていた。食事は本当に大切なんだな、いい加減なものを食べちゃいけないな、どんなごちそうよりもおウチで食べる食事が一番の宝だなと、強く思いました。加世はそれまで、だんなさんに食べさせる食事を、そんなにも愛情込めて作ってたんだろうなと。
失うことで感性が研ぎ澄まされることもあるのでしょうね。目に見えるものがすべてではない。味覚も大事な五感です。全部揃っていることが幸せではなくて、一つ失うことで新しいものをつかむこともある。戻ってきた加世と新之丞との絆はより強くなったと思います。
私も食事は本当に大事にする方です。宝塚時代も、開演1時間前は絶対にお食事タイム。楽屋で納豆と卵をかけたご飯を食べてました。そこで食べないと、公演2回終わる夜まで食べられないので、しっかりと。
20代の頃は痩せたいと思い、お豆腐ばかりとかグレープフルーツばかりとか、その時々に流行った単品ダイエットをしたこともありました。でもある時、「こんなことをしてたら、10年後の私はボロボロになっちゃうな」と気づいて。30歳になる頃でしょうか。「多少太ってもいいや、食事を大切にしよう」、そう思ってから、いい仕事ができるようになりました。身体も自分の思うようになってきたというか。例えば風邪ひいて熱が出てしまっても、次の日には元気で舞台に立っている。食事をちゃんとしていれば、いざという時に踏ん張れるいい身体になれるんだなと、最近思いますね。
◆プロフィル
だん・れい 1971年京都府出身。90年宝塚音楽学校に入学。99年月組全国ツアー公演「うたかたの恋/ミリオン・ドリームズ」から真琴つばさの相手役として主演娘役を務める。2003年星組の主演娘役に就任し、湖月わたるの相手役となり、「王家に捧ぐ歌」が第58回文化庁芸術祭演劇部門優秀賞を受賞。05年宝塚歌劇団退団後、能楽劇「夜叉ヶ池」の百合役で能の梅若六郎、野村萬斎らと共演。