ようこそ医薬・バイオ室へ:知られざるわかめパワー、味も栄養も二重マルなワケ

1996.11.10 14号 8面

つい最近の調査で味噌汁の具の人気ナンバーワンは、「ワカメと豆腐」だったと記憶している。味噌汁の話は後段に譲るとして、今年「日本女子大学紀要」に面白い論文が載った。

日本の主要一〇都市の食習慣と九〇年の死亡率の関係を調べたもので、食事の洋風化が死亡率に影響しているという論旨であった。この中で、パンの消費量と死亡率とが正の相関を示し、ワカメと味噌の消費量との間に負の相関が見られた。すなわち、死亡率の高い大阪、神戸、京都の関西圏ではパンの消費量が多く、ワカメと味噌は少なかったのに対し、死亡率の低い仙台、福岡、札幌ではパンの消費量が少なく、ワカメ、味噌の消費量が多かったというのである。これだけで一概にワカメと味噌が健康によいとか、洋食が悪いとか言うつもりはないが、ワカメが日本食の特徴的な指標として使われる点に着目したい。

で、ワカメであるが、ワカメ料理として、まず念頭に浮かぶのが「若竹煮」であろう。ワカメの収穫が南の方では1月から、三陸海岸では3月から始まり、筍も早いところでは3月から採れることから、旬の筍と合わせた季節感のあるメニューだが、どうも味がおいしいだけの取り合わせではないらしい。よく筍を食べると吹き出物が出るという人がいる。それだけ筍はアクが強いわけで、昔は筍のアクに中毒になった時にワカメを食べるとよいと言われていた。

また、これも昔からサトイモのイモガラとワカメの味噌汁は妊婦によいことが知られており、とくにワカメは産後の悪血をおろすと言われていた。韓国ではいまも妊婦の食事にはワカメを欠かさないらしく、長い歴史の知恵と言えるものである。

このことを意識したかどうかはわからないが、日本栄養・食物学会誌(一九八三)に、高血圧のラットと妊娠中のラットにワカメを食べさせた実験が載っている。高血圧のラットというのは人間が開発した遺伝的に高血圧になってしまう高血圧自然発症ラットのことである。いきなり人間で実験するわけにはいかないので、この高血圧ラットは、よく実験に使われる。

ワカメの実験では二四週令(生後二四週間)のすでに高血圧を発症している大人ラットに一日一gのワカメを食べさせても血圧の低下は見られなかった。しかし、妊娠中からワカメを食べさせると、その子供は生後一二〇日まではワカメを食べさせなかった子供に比べ明らかに三〇mmHgは血圧が低かった。このことから、妊娠中からワカメを食べさせることは、産後の肥立ちだけでなく、母子ともの健康によいことがわかる。ちなみにラットの血圧測定はちょうど人間の測定器をそのまま小型にした感じで、腕ではなく尻尾で測定する。

では、すでに高血圧になっている大人がいくらワカメを食べてもダメかと諦めるにはまだ早い。ワカメには二九%もアルギン酸が含まれていて、マコンブでさえ一七%だからかなり多い割合なのだが、このアルギン酸という多糖類は脱塩作用があり、腸内のアルカリ性下でナトリウムに出会うと、カリウムを離してナトリウムを取り込んで、体外へ排出する性質がある。また、そこにカドミウムや水銀などの重金属があると、重金属をイオン交換で取り込み排出することが明らかにされている。実際、高血圧ラットを使った別の実験でアルギン酸カリと食塩を同時に与えると、尿中にカリウム、糞中にナトリウムが見られ、血圧上昇を抑制した結果が得られた。

さて、最初の「ワカメと豆腐」の味噌汁の話だ。

実はこれは味だけでなく、栄養面でも理にかなった組み合わせなのだ。ワカメは非常にカリウムが豊富な食品。ワカメのナトリウムとカリウムのミネラルバランスは約一対一。大変よい割合なのだが、最もワカメを食する機会の多い味噌汁全体として計算すると、ナトリウム対カリウム率は一五対一と一気にナトリウムが跳ね上がる。当然、これは全くワカメの責任ではなく、ひとえに味噌の塩分のせいなのだが。

で、世の中にはワカメの味噌汁を健康的に飲むためにはどうすればよいかを研究している人がちゃんといて、その解答が松山東雲短期大学紀要に昨年載っていた。松山市周辺の学生の味噌汁の具に使用される食品は、一位がタマネギ、二位が豆腐、三位がワカメであった。細かいデータは省いて結論を言うと、ワカメとともに豆腐を入れると、ナトリウム対カリウム比は五・五八対一となり、ワカメ単独と比べはるかにナトリウム比が縮小する(味噌量一五g/水二〇〇CC)。味噌の量を減らすよりもたくさんの具を入れる方がナトリウム対カリウム比を理想的に導く効果が大きいことも指摘している。

そういえば、仙台と秋田では同じように味噌汁をよく飲むが、秋田は高血圧の人が多く、仙台には少ないと言われる。その大きな原因として、味噌汁の具が挙げられ、仙台では具沢山の味噌汁を作るが、秋田では具を少ししか入れない。会社の秋田出身の何人かに聞くと、「具が多いと格好悪い」と思っているらしい。いかにも見栄っぱりの多い県民性が出ていて面白いが(秋田の人ごめんなさい。私の印象ではなく「人国記」の記載による)、「いぶりがっこ」(薫製の漬物)を少な目にして、具を多くすることをお勧めする。

ところで、私はと言うと、白子の味噌汁が好きなのだが、「せやから尿酸値高いねん」と妻に言われる。「渡辺淳一も白子が一番とどこかに書いていたが」と言うと、「関係あれへん。これからはワカメやな」と今年も白子の味噌汁は作ってくれそうにない。

((株)ジャパンエナジー医薬・バイオ研究所=高橋清)

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