ようこそ医薬・バイオ室へ:ウイルス進化論 キリンの首はなぜ長い
生物学の講義や教科書の最後の方は、生命の起源か進化についてと相場が決まっているが、随分昔の講義の余談で、
「キリンの首が長くなったのはウイルスのせいだ」
とひどく乱暴な学説を聞いた。いまでは有名な話だが、当時は遺伝子に関する情報が少なかったので眉唾(まゆつば)もので聞いていた。
試しに妻に、
「なぜ長くなったと思う?」と聞くと、
「高いところの葉を食べよう思うて、だんだん長ごなったんやろ」
と、正統派ダーウィン進化論の真髄のような答えが返ってきた。
固い話で恐縮だが、少しダーウィン進化論を説明したい。突然変異によって少し有利な個体ができると、自然淘汰によって徐々にその集団が大勢を占めるようになる。この突然変異と自然淘汰が繰り返されて進化するという考えである。
一八五九年にダーウィンが「種の起源」を発表したときは大変な騒ぎになって、宗教裁判にまで発展した。なにしろキリスト教では「すべての生物は神が創造した」ことになっているので、人間が猿から進化したという考えは、生理的・思想的に受け入れられなかったのである。
最近でもアメリカのある州で高校教師が進化論を教えたとして有罪になる事件があったくらいだから、かなり根強いものがある。ま、有罪といっても一○○ドルくらいの罰金だったらしいが。
ともかくダーウィン説によると、キリンの祖先は首が短かったが、その中に首が少し長い個体が偶然生まれて、他の個体よりも少し高いところの葉も食べられたので生存競争に優位になり、子孫を多く残すことができた。これを繰り返してついにいまの首の長いキリンだけになったという。
これが正しければ、途中の長さの首の化石が発見されるはずだが、そういうキリンの化石は発見されていない。
ウイルスというとインフルエンザウイルスやエイズウイルス(HIV)でおなじみだが、動植物や細菌に寄生する極微小の生物である。映画「アウトブレイク」のエボラウイルスは驚異的に恐ろしいが、いずれにしても感染して特にうれしいことは何もない厄介な代物である。このウイルスの中にレトロウイルスという仲間がいて、HIVもこの仲間であるが、感染した細胞の染色体の中にDNAとして組み込まれ、しばしとどまる性質がある。
そして何らかのきっかけによって、染色体に入っていたウイルスDNAが増殖して、大量のウイルス粒子を作り、その細胞を破壊することを繰り返して発病するわけである。
問題は寄生した細胞の染色体から飛び出すときに、近くの遺伝子も一緒に道連れにすることがまれにある。その代表例が病原性大腸菌O157である。
赤痢菌に感染したウイルスがたまたまベロ毒素の遺伝子を道連れにして飛び出し、次に大腸菌に感染したときに、ベロ毒素を置いていったのがO157の起源とされている。これも一つの大腸菌の進化と考えられ、ダーウィン進化論では絶対に説明がつかない。
実際、人間の染色体を調べても、レトロウイルスの残がいと思われるDNA配列が多く発見され、長い歴史の中で多くのウイルスが入ったり、出たりした痕跡が残っているらしい。
てなわけで、キリンに戻ると、首の短かった昔のキリンに、首を長くする遺伝子を持ったウイルスが偶然感染し、居ごこちがよかったのか、その遺伝子を残してどこかへいったかは分からないが、とにかくキリンにとって首が長いことは木の上の葉も食べられて都合がよかったので、淘汰されずに現在に至っているのであろうというのが、ウイルス進化論である。これならば中間の首の長さの化石が見つからない説明がつくわけである。
これまで発見された化石を見る限り、どうもダーウィンのように連続的な進化だけで説明できるとは思えないので、不連続な点(ミッシングリンク)を説明する説として、ウイルス進化論には妙な説得力があるように思える。
キリンから首を長くする遺伝子が取られて、その周辺にレトロウイルスの残がいが発見されれば動かぬ証拠になるのだが、まだその朗報は残念ながら耳に入っていない。
もしこれが本当なら、首の長い馬も出現したはずだが、いろいろ生きにくい点があったのか、現在は生存していないようである。
((株)ジャパン・エナジー医薬バイオ研究所=高橋清)