山の食事12カ月 バランスの良い食生活海外編のカベ
ヨーロッパの二大リゾート地、ツェルマット、シャモニー、そしてちょっと渋いザースフェーにも立ち寄るハイキングツアーに行ってきた。
何度行っても、海外山行に出掛ける時、ふと不安な気持ちにおそわれる。その原因は決して堪能ではない語学力にあるようだ。山登りやツアーエスコートに困らない程度にはこなすのだが、中途半端な能力がかえって墓穴を掘る結果になることも多い。
何回かのツアー経験の成果か、いわゆる決まり文句はバッチリ頭に入っているから、最初のうちはそれらしく「ペラペラ」と流暢なフレーズが口をついて出る。と、向こうは「オッ、この日本人なかなかしゃべるな」とばかりに、「ペラペラペラペラペラ」と、それこそネイティブスピードで三倍くらいの言葉が返ってくるのである。そうなるともう駄目! 身振り手振り、堪とハッタリで冷や汗かきかき四苦八苦することになる。もともと大して話せないのだから、最初からもっとたどたどしくゆっくり話しかければいいものを、ついつい見栄を張って失敗する。
それでも結構何とかなるのだが、一番面倒なのが食事の注文。メニューの内容をなかなか覚えきれないからだ。一般旅行主任試験の時は、必死の思いで詰め込んだのだが、合格してしまえばすぐ忘れてしまうというのが試験勉強の常道で、いまやほとんど覚えていない。「ケッパー?」なんだそりゃという具合で、結局かつて知ったる「ロシティー」(ジャガイモを千切りにしてフライパンで焼いたものに、ボイルしたソーセージや目玉焼きなどを好みに合わせて添えたスイスの代表料理)とか、日本語でもわかる「スパゲッティボロネーゼ」などというものばかり注文してしまう。
そういう食生活で、三日四日と過ごしているとなんとなくお腹が重い。下しているとか調子が悪いというのではないのに。ネパールのように水が悪いわけでもないのになあと頭をめぐらせてハタと気がついた。やっぱり野菜が少ないのだ。サイドオーダーなどを注文できずに知っている料理ばかり食べていたら、知らない間に肉食と炭水化物ばかりの食生活になってしまっていたのであった。日本にいる時の我が家の食生活は主に魚系、それに豆腐、納豆など。野菜もよく食べる。これでは身体の具合もお腹の中も変わるはず。これはいかんと考え直してメニューを見回すのだが、どれが野菜の多い料理だか皆目検討がつかない。なんとかわかってきた頃、帰国の日になってしまった。
帰国して大好きな刺身をつまみながら「うん、やっぱり海外でもバランスの良い食生活を送るために、もう少し勉強しなくては」と張り切るのだが、さてまた何日続くのやら。また一冊新しいメニュー本がデスクに積まれてしまった。
(日本山岳ガイド連盟公認ガイド・石井明彦)