遺伝子が目覚めるとき、筑波大学・村上和雄名誉教授

1999.12.10 51号 12面

農学部の出身でありながらアメリカの医学部で学び、高血圧の“黒幕”であるレニンの遺伝子解読に成功。世界的な業績として注目され、研究者として大輪を咲かせた村上和雄氏。今回はめいらくグループが主催する百寿会での講演からご紹介する。

生き物はみんなたくさんの遺伝子を持っています。しかし多くの遺伝子は眠っていて、何かのきっかけで起こすことができるようなんです。それなら眠っているいい遺伝子を起こして、起きている悪い遺伝子を寝かせることができないか、それができれば私たちの研究は何倍にも花開く。遺伝子を起こすきっかけは食べ物であったり、環境であったり様々です。この結果を出すに至る話を致しますが、私の場合は三五年前、アメリカに渡った時に眠っていた遺伝子が起こされたように思います。

私は大学院を出てからアメリカに渡りました。当時のアメリカは本当に光り輝いた黄金の時代でした。給料は日本の一〇倍。それも隣の五五、六歳の大学教授と大学出たての私が全く同じ給料だというんです。日本では殿様と家来ほど違うんですよ。驚いてアメリカの教授に聞いたら「日本ではどうだか知らないが、ここではほぼ同じ働きだから同じ給料だ。これがアメリカの公平だ」と言われて……。私にとっては大変公平でも隣の大先生にとっては大変不公平な話です。何十年間の経験を全く無視して「今なんぼ」の世界ですから。それでも私は「そうか、アメリカでは殿様と同じ給料がもらえるんだ」と有頂天になりましてね。認めてもらえたという思いから眠っていた遺伝子がオンにされたと思います。

私は「ヒトはなぜ高血圧になるのか」という研究をやってきました。高血圧の引き金を引くのは酵素なんですが、私は“黒幕”とあだ名をつけました。なぜ黒幕かというと直接手を下さないからです。身体の中にはたくさんの酵素があって、血圧が上がるのも下がるのも酵素がかかわります。黒幕の酵素に、さらにつけた名前が「レニン」。この正体がわかれば高血圧の予防や治療に役立つワケです。

日本には二五年前に戻りました。筑波大学の研究室でレニンの仕事を続けることになったんです。そしてどうやらレニンは脳下垂体にあるらしいという証拠があがり、引っ張り出そうとするんですが黒幕ですから簡単には捕まりません。

そもそも脳下垂体は親指の先ほどの大きさで、難儀なことに薄い薄い栗の皮みたいなのをかぶっているんです。この皮をメスで一つ一つ切って取り出すんです。何万頭分もの研究材料がありますから毎日朝の9時から作業を始めても何年かかるか分からない。そこで学生さんたちに少し早く学校に来てくれ、ちょっと早起きしたら世界に誇れる仕事ができるんだと言ってね。でもこれは正確にはちょっとウソです。できるかもしれないし、できないかもしれない。でも後半の言葉は聞こえないように言いましたけどね。

研究を続けていて決定的な証拠をつかむことができたりすると何とも言えない気持ちになります。このアジを覚えると研究がやめられなくなる。「極道」とは

道を極めると書くでしょう、まさにその世界ですよ。さらにね、この世界は初の発見であることが重要なんです。二番手、三番手では「ご苦労様。またどうぞ」ってなもんで。もちろん途中でいろんな問題に当たります。例えば牛や豚ばかりでやっていては牛や豚の高血圧しか治せません。医学は人なんです。でも人の材料はなかなか手に入らないでしょう。

ある時気分を変えてアメリカにちょっと出かけたんです。ある大学を訪問した時に面白いニュースが入って来ました。人の酵素が大腸菌で作れるというんです。仰天しました。直感的に私も人のレニンを大腸菌から作ろうと思いましたね。その頃私は遺伝子のことについて何も知らなかったけれど、知っていたらきっと怖くて手が出せなかったと思います。 私は人が喜ぶ、感動する、感謝するということが、眠っている遺伝子を起こすきっかけになると考えます。逆転満塁ホームランのようなことが起これば感動できますが、平凡な生活の方が多いでしょう。そういう中でも喜んだり、感動したりできますか。

そんな時、私は世界の学者が逆立ちしても世界の富を全部集めても私の身体はできない、と考えるんです。身体は両親からだけではなく大自然からもらった大きな大きなギフトなんです。その証拠に私たちの身体を分解すると水素とか炭素とか元素になるんです。この元素は地球の元素。だから人間は人間からだけでは作れない。サムシング・グレイト、生きていることはすごいこと、そう考えると感動してしまうんですよ。そして掛け値なしの本当の愛に包まれたときに眠っている遺伝子がオンされてイキイキと輝き、百歳まで元気に生きられるんではないかと考えます。

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