ようこそ医薬・バイオ室へ:6月は食中毒の季節

2001.06.10 70号 6面

大学の頃、正月明けや春休み明けになると、必ずどこかの研究室で食中毒騒ぎがあった。各研究室に一人くらいは広島出身の学生がいて、広島の生ガキをお土産として持ってきて、研究室で土手鍋や寄せ鍋をして食べるのだが、翌日はお約束のように数人がダウンしていた。当時の学生は欠食児童のように待ちきれずに、火を十分通す前に食べてしまうので、経験の少ない新人の四回生がよく被害に遭っていたようである。

ところで、厚生労働省の統計によると、昨年の食中毒の発生は全国で二一九八件、患者は四万二六五八人と発表されている。月別の発生件数の推移をみると、6月の梅雨時からが特に多いので、注意が必要である。

原因別では二一九八件のうち、仕出しや宴会関係が最も多く四二九件、先のカキなどの貝類が一〇五件、フグは二九件起きている。もっとも原因不明が一二三八件もあるため、貝類の食中毒は実際にはもっと多いかもしれない。原因菌についてはよく調べられていて、サルモネラが五一二件、カンピロバクターが四五四件、腸炎ビブリオが四一六件、病原性大腸菌が一六件であった。死者はサルモネラ、ブドウ球菌、病原性大腸菌、キノコが原因で各一人ずつの計四人であった。

食中毒による死者の数は、堺市のO一五七事件があった平成8年が一五人で多かったが、その後は一ケタが続いており、がんの死者数である二九万人と比べるとはるかに少なく危険度は低いので、過剰に警戒する必要はないといえる。ちなみに病原性大腸菌による死者は平成8年が一二人、その後三人、四人、一人で、昨年も一人であった。平成11年はO一五七ではなく、鹿児島で三歳の男子がO八六で亡くなっている。同年は東京の北里研究所でO二五の発生が見られ、医療関係者の七人からO二五が検出されたが、O一五七よりも大分病原性が低いものであった。

で、最近は話題のヒトゲノムだけでなく、着々と微生物ゲノムの解析も進められていて、病原菌を中心に約四〇種類の菌の全ゲノム配列が明らかにされている。腸管出血性大腸菌O一五七のゲノムは五五〇万塩基対であり、実験用の非病原性大腸菌であるK一二に比べて約九〇万塩基対大きく、K一二には存在しない遺伝子が一六〇〇個もコードされていた。その多くは大腸菌以外の菌からの水平伝播によるものと思われ、それらの獲得にはバクテリオファージという菌のウイルスが大きな役割を果たしていると考えられている。

O一五七の持つ有名なベロ毒素も赤痢菌から移ってきたものといわれ、赤痢菌に感染したファージが赤痢菌の遺伝子を巻き込んで増殖し、それが次に大腸菌に感染して赤痢菌の遺伝子を大腸菌内に残していったと専門家は推論している。かなり以前に、キリンの首は少しずつ長くなっていったのではなく、ウイルスの感染によって突然長くなったに違いないというウイルス進化説を紹介したが、ヒトゲノムの解析結果でも多くのウイルスの断片が確認されて、遺伝子レベルでは生物間交流が何億年と続いていたようである。

繰り返すが、6月から夏は食中毒が特に多い季節である。家庭内の食事が原因で起こる食中毒は二割もあるので、「危ないかな」と思ったら口にしないで、ついでに冷蔵庫内の整理をするといい。外食での食中毒はお客にとってはどうにもできないので、不幸にしてなってしまったら、早く病院に行って、静養している間に、前述の進化論の本でも一読したらいかがであろう。

妻は「お腹が変な時に、そんなん読めるわけないやん」というので、百歳元気新聞のバックナンバーでも結構である。

(新エネルギー・産業技術総合開発機構 高橋清)

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