「笑えば血糖値は下がる」吉本興業と共催し立証 筑波大学・村上和雄名誉教授
今年で21回目を迎えた日本食糧新聞社制定の平成14年度「食品ヒット大賞」贈呈式で、“笑うことで血糖値が下がる”ことを世界で初めて発見した筑波大学・村上和雄名誉教授が「呼び覚ませ眠れる遺伝子」をテーマに講演した。遺伝子の研究を長年続けてきて改めて感じた生命の素晴らしさや尊さなどを熱く語った。生き生きワクワクしながら生活すると、遺伝子がプラスに働き健康な生活を送れることを教えてくれる。
今年1月12日につくば市で、私が所属する国際科学振興財団とお笑いの吉本興業が共催して、「笑いと健康」をテーマにジョイントイベントを実施しました。笑いによってどの遺伝子のスイッチが入るかを調べるとともに、血糖値が下がるかという実験でした。遺伝子の解析は現在進行中ですが、笑いによって血糖値が劇的に下がるというデータが出ました。私たちは大変興奮しました。平均すると四六も下がった。世界初のデータです。すぐに論文を出そうということでアメリカの一流誌に投稿、掲載可能となり世界初公開を果たしました。
私が長いこと遺伝子の現場にいて分かったことは、“多くの遺伝子は眠っている”ということ。眠っている良い遺伝子のスイッチをオンにして、起きている悪いスイッチを消せば、私たちの可能性が何倍にも何十倍にも広がるのです。
親から受け継ぎ、それを子供に伝える。遺伝子には世代を越えて情報を伝達する役目があります。遺伝子のもう一つの重要な役割は、いま私たちの身体の中で働いていること。正確に働かないと私たちは生きていけません。心臓の遺伝子は必要な働きをするようにプログラムされています。心臓が「今日は疲れたから、休もうか」などとならないのは、プログラム通りに動いているからです。
眠っている遺伝子も、条件さえ与えてあげればスイッチが入る。七年前から人の“思い”が遺伝子のスイッチをオンにしたりオフにしたりするのではないか、と仮説を立て研究を進めています。その証拠が最近出始めました。冒頭の笑いと血糖値の実験も遺伝子が関係している。“笑う”“喜ぶ”“感動する”“感謝する”などプラスの感情が、良い遺伝子のスイッチをオンにすることを科学の言葉で語る時代がもうすぐやってきます。
遺伝子は、すべての生き物の情報がわずか四つの化学文字、A(アデニン)、T(チミン)、C(シトシン)、G(グアニン)で書かれています。すごくシンプルです。しかもAとT、CとGは絶対のペアを組み、お互いを支え合いながら螺旋(らせん)状に化学の文字が連なっています。人はそれが三〇億ペアあり、それが一ゲノムです。いまから一年半前に人の遺伝子暗号の解読がほぼ終わり、AとT、CとGの三〇億の並び方を全部決定。あとは辞書を引けば意味が分かるように、すべての意味が分かり始めます。人間の遺伝子暗号を手に入れて解読に成功したことは、当時のクリントン米大統領とブレア英首相が共同記者会見で「二〇世紀の最大の業績」と讃えてます。
地球上に生息するすべての生き物(細菌、昆虫、植物、動物、人間など)は全く同じDNAという遺伝子暗号を使っていることが分かりました。だから、大腸菌から人の遺伝子のコピーも作ることができる。実際、私も大腸菌からホルモンや酵素を作って研究しております。「世界人類皆兄弟」という標語がどこかにありましたが、長い長い生命の歴史で見ると、すべての生き物がご先祖様か親戚か兄弟にあたる、すなわちDNAでつながっているということが科学的に言えることになったのです。
私たちもいくつかの遺伝子解読をしておりますので、暗号を並べながら「俺たちもよくやったな」と思ってました。しかしもっとすごいことに気づきました。それは、遺伝子が読む前に既に書いてあったということ。誰が書いたか…。自然なんです。私たちが普通考える自然は、山や川や太陽や月などですが、目に見える自然はごく一部で、目に見えない不思議な自然の働きがあることが分かり始めました。人間技を越えております。遺伝子はATCG四通りの並びが三〇億あるので、それを掛けると超天文学的数字になり、私たちが生まれてくる確率はゼロに限りなく近い。しかし生まれてきて生きている。
これを可能にしたものを「サムシンググレイト」と名付けました。簡単にいえば、命の元の親みたいなものだと思っています。信じる信じないとはほとんど無関係に、人にはサムシンググレイトの働きがあるのです。
私は医者ではありませんから、なるべくシンプルな生き物を使って実験をしております。先ほどの大腸菌を例に取ると、部品についてはよく知っていますし、コピーも作れます。しかし、なぜ生きているのか基本的な仕組みは分からず、部品をいくら集めても命は生まれない。
細胞一つでも生きているということがいかにすごいか、まして人間が生きているのはただごとではないのです。
良い遺伝子のスイッチをオンにするには、大きな目的や志を持つといいと思います。私たちの遺伝子の起源は、生命誕生の三八億年前にさかのぼります。いま、私が人間として生きているのは、この間一度も遺伝子の伝達が途切れなかったからです。
ノーベル賞学者もスポーツ選手も普通のおじさんも、遺伝子暗号の差はせいぜい一〇〇〇に一個から一万に一個。九九・九~九九・九九%は同じ遺伝子暗号を持っている事実に注目して下さい。偏差値が高いとか低いとか、人間として生まれてきた素晴らしさと比べたら大したことありません。比較をすれば差は出るが、大きな志を持ち遺伝子のスイッチをオンにすることで、すべての人に自分の花が咲く可能性があるのです。
私たちはナンバーワンにはなれなくてもオンリーワンにはなれる。究極のプラス発想、すなわち人間として生まれてきたすごさと夢を持つこと、生き生きワクワクすること、どんなことでも喜べれば、遺伝子のスイッチがオンになると思っています。
◆プロフィル
むらかみ・かずお 1963年京都大学大学院修士課程修了、同年オレゴン医科大学研究員、76年米国バンダビルド大学医学部助教授、その後筑波大学応用生物科学系教授となり、99年筑波大学名誉教授、現在は(財)国際科学振興財団理事・バイオ研究所所長。ドイツフンボルト財団マックスブランク研究賞、日経BP技術賞、日本学士委員賞、成人血管病研究振興財団岡本国際賞など受賞。著書に『生命の暗号』『人生の暗号』『サムシンググレイト』『科学は常識破りがおもしろい』など多数。