ようこそ医薬・バイオ室へ:増える乳がん死亡率
以前、乳がんが増えていると書いた。最新のがん統計などによると、年間の新患者数は一九九七年で三万二〇〇〇人、総患者数は九九年で一七万人、死亡者数は二〇〇一年に一万人弱で、この死亡者数は一九五五年の約六倍だ。
しかしながら、一九九四年に女性では胃がんを抜いて乳がんの罹患率が第一位になったものの、死亡率は第五位で、ごく早期(非浸潤がん)ならほぼ一〇〇%、しこりが小さいうちに見つけて治療すれば八〇~九〇%と、早期発見・早期治療をすれば、治癒率が非常に高い。
とはいえ、乳がんの危険因子(リスク・ファクター)から考えると、今後はいままで以上に罹患率が上昇する可能性が高い。
危険因子としては、女性の社会進出による晩婚化、非婚化、高齢出産、少子化や体格の向上、肥満、高脂肪食などの食生活の西洋化‐‐が挙げられる。特に、四五~四九歳の世代が最も年齢別罹患率の高い世代だが、今後一〇~二〇年の間に、人口の多い団塊世代の二世がその年代に到達する上、一九七一年にマクドナルドが銀座三越にオープンしてから誕生した高脂肪食どっぷりの世代も危険な世代にかかってくる。
現在、日本人で七四歳までに乳がんにかかる女性は三〇人に一人といわれる。米国では七~八人に一人なので、乳がん先進国である米国を見習いたくないものだ。米国では閉経後に罹患者が多いことが特徴で、閉経後の肥満が大きくかかわっているといわれる。これは乳がん細胞の発育を促す女性ホルモンの一つエストロゲンを、閉経後は脂肪組織が作るためだ。
閉経前の人では卵巣でエストロゲンが作られるが、閉経後も副腎から分泌された男性ホルモンをもとにして脂肪組織でエストロゲンが作られる。このエストロゲン合成にかかわっているのが脂肪組織にあるアロマターゼという酵素だ。この一、二年でアロマターゼを阻害する薬が相次いで発売され、副作用の少ない薬として注目されている。この阻害剤は体内のエストロゲンの量を一層少なくして、乳がん細胞の発育、増殖を抑える。
海外で行われたATACという六〇〇〇人を超える大規模臨床試験で、アロマターゼ阻害剤である「アリミデックス」が、従来の抗エストロゲン剤である「タモキシフェン」に比べて、無病生存期間が二倍になり、三三カ月後の再発・死亡率も二%下回ったと報告された(三一二五人中三一七人対三一一六人中三七九人)。数字だけみると、たった二%かと思うかもしれないが、一〇万人の患者なら二〇〇〇人も助かることを意味していて、統計的にも意義のある差といえる。
ところで、日本では乳がんの死亡率が直線的に上昇しているのに、欧米ではここ数年低下してきている。その原因はマンモグラフィによる乳がん検診の普及にあるという。クリントン前大統領が「マンモグラフィ検診が乳がんに対する武器であり、アメリカの国策である」と発言したくらい積極的に導入し、四〇歳以上のその検診率は六五%と大変高い。イギリスでも、五〇歳から六四歳のすべての女性に国家規模で定期的に検診の通知が郵送されている。
一方、日本での乳がん検診の受診は視触診が主で、マンモグラフィは一%も普及していないといわれる。前述の通り、胃がんと同様に早期発見された乳がんは大変予後がいいので、早期発見のための武器としてのマンモグラフィの普及が望まれる。
しかし、妻が昨年マンモグラフィ検診を受けた時は、ムリムリ挟まれて涙が出るほど痛かったそうだ。「全然痛くなかった」という人もいるそうで、「ムリムリが悪かったんじゃない?」と言うと、かなり不機嫌そうだった。「痛くないマンモグラフィが開発されるまでは受けへんで」と言っているので、ぜひ日本人仕様のマンモグラフィの開発を期待したい。
(バイオプログレス研究会主宰 高橋清)