ヘルシートーク:東京大学大学院総合文化研究科教授 ロバート・キャンベルさん

2011.02.10 187号 05面

 “日本人より日本を知る”アメリカ人として、テレビ番組などでおなじみの東京大学大学院教授、ロバート・キャンベルさん。講師として登壇された第277回「食品経営者フォーラム」では、江戸時代の文献から読み取れる当時の食文化について、また、ご自身の食生活についてお話しいただきました。

 ◆深いつながりがある食と文学

 私の専門は江戸から明治時代の漢詩文学ですが、食と文学は実に深いつながりがあります。そもそも食べることは人間が生きることと密接に関わっていて、食卓を囲んだり食事を介すことによって、喜怒哀楽を伝えたり、さまざまな交渉をするといった行為が育まれてきたのです。

 江戸時代の詩人、柏木如亭は、棟梁の家督を捨てて日本全国を食べ歩いた体験を、『詩本草』という詩集に残しています。本草とは漢方となる薬草を指しますが、彼は懐に薬を常備するように、おいしいものに出会った時に漢詩を一編ずつ作って蓄えていったのです。

 放浪中はご馳走にありつけることもあれば、命をつなぐための食事もありました。例えば「カニ」をテーマにした漢詩では、カニが出されると心がうきうきし、日本に生まれてよかったなぁと思う、とつづられています。如亭は食べ物の地域性や味、食を通じた人々との絆を、思ったまま、感じたまま詩にしていたのです。

 人生を振り返る際、“何を食べて何をしたか”という記憶は、味やにおいとして呼び起こされます。食には、その人の生活を豊かにするという文化的特徴があるのですね。

 如亭はお金はありませんでしたが、詩人としての技量と人望によって、豊かな食生活を営んでいました。晩年にこの詩集を作ることで、食べ物を通して自分の人生を振り返る、あるいは人生との折り合いをつけていたのかもしれません。

 ◆食の危機に立ち向かった江戸の知識人たち

 江戸時代には天保の大飢饉(1833~36年)という一国を揺るがすような大事件がありましたが、食糧不足など食の危機に直面した時、知識人たちが立ち上がって表に出て、飢饉対策を庶民に伝えるという社会的運動が多く見られました。

 例えば文学者の畑銀鶏は、炊いたお米を腐らせずに保存するための“ざる”などを伝えたり、幕府に仕える本草家だった阿部櫟斎は、ミツロウやもち米を使った非常食の丸薬作りを教えたりしていました。

 このような救荒書(きゅうこうしょ)の多くを、知識人が自費で制作し配っていた背景には、災害は天の巡り合わせであり、明日は自分に起こることかもしれないのだから、利害や日頃の付き合いを超えて人を助けていこうという考え方が根付いていたことがあります。また、食事を提供する時に、「あぁ、来たか、食え」と人間のプライドを傷つけてまで人を助けることは最低であると、食にまつわる“徳”についても教えています。

 災害や飢饉が多かった時代だったからこそ、食の大切さが思想や死生観に表れていました。そしてその思いや気持ちは、いまでも農業に生きていると思います。商品として世界に輸出される時に、受け継がれてきた思想を付加価値として一緒に伝えていくことが、日本のアドバンテージにつながるのではないでしょうか。

 ◆朝食の定番は野菜&豆乳のジュース

 私自身の食生活は、テレビ番組などの仕事でお昼や夕ごはんは自分ではコントロールしづらいため、朝に野菜を多く取るよう心がけています。

 野菜に付いた土を洗い流したり、野菜の感触を確かめたりしながら、小松菜、ほうれん草などの葉物、モロヘイヤ、にんじん、完熟トマトなど旬の野菜を、無調整の豆乳と一緒にミキサーにかけていただくことが多いですね。歯を磨くことと、たくさんの野菜を摂取することが朝の日課ですね。

 日本各地を訪れる機会も多いので、その土地の味を楽しんでいます。静岡県の浜松では袋井ねぎのほか、味の濃い黄色いにんじんなど根菜もおいしいですし、新潟県・小千谷の小茄子の浅漬けなども好きです。

 食べ物は身体に取り込んで出ていくというサイクルですが、食事や食を介した地域の人々との交流は、心の中に堆積していくものなのですね。 文化を比較するうえでも、食は重要です。日本人はお米やおみそ汁、独自の調理法など、心の拠り所、帰る場所はあるのですが、基本的に雑食といいますか、良い意味で節度がないですよね。食が豊かといわれる国には他に中国やイタリアがあげられますが、両国の方々は外国の料理に関心があまりなく、保守的なんです。日本人は違います。おいしいものは食べなければもったいない、そういう気質がある。もちろん私もです(笑)。

 ●プロフィール

 Robert Campbell 1957年アメリカ・ニューヨーク生まれ。ハーバード大学大学院東アジア言語文化学科博士課程修了。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。江戸から明治期の日本漢詩文が専門。日本文化に造詣が深く、テレビや雑誌などで幅広く活躍している。主著に『Jブンガク』(東京大学出版会)などがある。日本在住歴25年。

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