ヘルシートーク:俳優・柳葉敏郎さん
シリアスで硬派なドラマから歴史物まで幅広い役をこなす、国民的な人気俳優の柳葉敏郎さん。その柳葉さんが次に演じるのは、この冬話題の超大作『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』(12月23日、全国公開)に登場する“最後の海軍大将”井上成美(しげよし)。重厚なテーマを描いた作品の魅力についてお話を伺いました。
◆軍人だった祖父がつぶやいた言葉
この映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』は、当時の出来事の裏側を限りなく忠実に表現した作品だと思います。太平洋戦争は、日本の歴史の中では絶対消してはいけないことです。
僕の祖父も、海軍の軍人として千島列島に滞在していた経験を持っています。戦禍のあったところには行かなかったようですが、あまり当時の話はしてくれませんでした。その祖父の話の中で一つだけ覚えているのは、「あんな戦争はするものではない、勝てるはずはなかった」という言葉。僕が10歳くらいの時だったかな、いまも記憶に鮮明に残っています。そんな祖父でしたが、祖母は誇りに思っていて、当時の写真を見せながらあれこれ語ってくれました。
僕が演じた井上成美局長や、山本五十六長官、米内光政大臣は、日米開戦を良しとせず、イタリア、ドイツとの三国同盟に否定的でしたが、祖父も同じ考えを持っていたようで、この役のお話をいただいたことに運命的なものを感じています。撮影の前に、祖父の遺影や井上局長のお墓の前で手を合わせて、クランクインに臨みました。
◆思い出の海軍カレーと広島風お好み焼き
ロケ地の広島に来たのは、コンサート以来なので15年ぶりでした。わずか2、3日の滞在で、その間ほとんど海上自衛隊の輸送船で沖に出ていましたから、観光らしいことはあまりできなかったのですが、短い滞在の中でも印象に残っているのは、船の中で出た海軍カレーと広島風お好み焼きですね。どちらも具がしっかりしていて、野菜がたくさん入っていました。海軍カレーは横須賀でも有名ですよね。海に出ると曜日が分からなくなるので、その目安として金曜日に必ず出されていたそうです。お好み焼きは、大阪風とは一風違っていて、薄く焼いた皮の間にキャベツの千切りともやしがたっぷりとはさまれて蒸し焼きになっています。どちらも、とてもおいしかったですよ。
唯一、観光といえるのは呉市にある海事歴史科学館「大和ミュージアム」に行ったことです。10分の1スケールの戦艦「大和」や、旧日本軍の兵士たちの遺書・遺品を拝見して、胸に迫るものがありました。誰一人として、「自分の家族にもう会えない」という思いのほかは、出征に対して悔やむことを書いていないんですよね。気がついたら4時間くらいそこにいました。役を演じるにあたり背中を押してもらったというか、僕たちが知らないでいた戦争の“ありさま”を教わり、とても勉強になった時間でした。
◆オフの日は、家族に料理をふるまうことも
家族はいつの時代にあっても、父親にとって最も大切なものだと思います。僕が家族のためにしていること、ですか?そう、オフの日は料理を作ることもあるんですよ。その時にある材料で適当に作るので、これという得意料理はないのですが、家族はとても喜んでくれます。
当時の兵士の方々は、誰も出征を悔やむようなことを遺していなかったと言いましたが…。作品を通じて感じたのは、先の戦争は、さまざまなすれ違いがあって起きてしまったということです。どちらが正しいかと言われれば、戦争をやってしまった以上、どちらも正しいとは言えないと僕は思います。どんなに反戦の思いがあったとしても、あの状況では進まざるをえなかったかもしれません。ただ、家族を守りたいという思いからでしょう。
この映画は、新しい日本のために次の世代を育てるということに徹した人々の思いを表現した作品ともいえます。仕事というのは、何らかの形で次の世代に何かを伝えなければならない。僕も俳優という立場で、こういったことを伝えることができる機会をいただけて、本当に光栄です。シリアスなテーマの作品ですが、ぜひ女性やご家族連れなど多くの方に観ていただいて、当時の人々の思いをそれぞれに感じていただければと思います。
●プロフィール
やなぎば・としろう 1961年秋田県生まれ。84年、劇男一世風靡“セピア”のメンバーとして活動し話題を呼ぶ。映画『南へ走れ、海の道を!』(86)で本格的にスクリーンデビューを果たし、日本アカデミー賞新人賞を受賞。幅広い年代層から支持を得ている。主な出演作品に『容疑者 室井慎次』『ローレライ』(05)、『誰も守ってくれない』(09)、『交渉人 THE MOVIE』『SPACE BATTLE SHIPヤマト』(10)などがある。