ヘルシートーク:小説家・沖方丁さん
多くの人が、地球が丸いことさえ知らなかった江戸時代に、日本初の暦を作った天文学者・安井算哲。天と地の真理を求める壮大なロマンを描き、本屋大賞第一位を受賞したベストセラー『天地明察』がついに映画化(9月15日全国ロードショー)。原作者の冲方丁さんに、作品の魅力をお聞きしました。
◆構想16年の力作! カレンダーへの疑問がきっかけ
『天地明察』の構想は、14歳の時に日本のカレンダーに興味を持ったことがきっかけです。僕は幼少期から海外のインターナショナルスクールに通っていました。さまざまな国の子どもたちが集まっているので、自分の国のことを説明しなければいけない。また、一緒に遊ぶにしてもタブーを知らなければ、たとえばヒンズー教徒の友達にすき焼きを出してしまうような大変な失礼をしてしまいますよね。その中で、日本人の宗教観を説明するのがすごく難しかったんです。無宗教と言うと、「神はいない」と受け止められてしまう。だから「フリー(自由)だ」と言うようにと、父から教えられました。
そんな経験の後、日本に帰って見たカレンダーには、仏滅にクリスマス、メーデー、ハロウィンなど、宗教的な行事やお祭りなどが混在して載っていました。驚きましたよ。確かに日本はフリーだ、楽しければ何でも良しとする国なんだ、と思ったんです。カレンダーの数の多さにも驚きました。もっとも、江戸時代後期にも百数十万部以上売られていたそうで、いろいろな広告も載っていました。つまり、識字率や文化的な素養が非常に高かった。そんな暦を通して「日本というのは何だろう」という疑問が解決できると思ったんです。
◆“大和=ビッグユナイテッド”が僕にとっての日本
日本人は「楽しむ」という特性を持っています。カレンダーへの疑問から始まり、日本の暦のことを調べるうちに渋川春海(映画の安井算哲の後の名前)に出会いました。挫折や世間のバッシングの嵐の中でも、彼は諦めません。それどころか「幸せな人生だ」と己の人生をかみしめる。自分にとって喜びであり、それに触れていれば幸せな“天文観測”というやりがいを見つけ、それを一生手放さなかったからです。
算哲の素晴らしいところは、改暦で損をする人を出さず、さまざまな人が名誉を得るよう政治的な調整を行っていることです。
日本はかなり珍しい国で、諸外国にはできなかった江戸幕府という巨大な中央集権国家をつくりました。文化・平和事業を行うためには、一度ものすごい大不況を起こさなければならないのですが、徳川家はゆるやかな時の流れを味方につけることができたんですね。良いものを取り入れて、最終的には自分のものにしてしまう柔軟性は、日本人独特の「和合」という精神が成し得たことだと思います。
“大和”という言葉が僕にとっての日本です。ビッグユナイテッド…すべてが大きな“和”の中にあるのだなと。何かの状況に対して声高に主張するのではなく、現実的な努力を積み重ねながらも遊びが大好きという国民性が面白いなと思っています。
◆趣味は畑 無心で向き合っています
いまの時代も不況だと言われますが、作品の舞台となっている当時は、毎日、飢えて亡くなった人の死体が川に流れているほどの大きな飢饉が発生しています。そのような時代のもとで、算哲は自分の好きなことを追求して皆を幸せにしているんです。
いまの閉塞感を打ち破るのに必要なのは、本当の意味で「暇になる」ことだと思っています。日本人は、どんな状況の中にも楽しさを見つけ、娯楽性を生活力に変えることにたけている民族です。究極の娯楽は退屈から生まれます。何もやることがない状態で、自分が「これさえあれば」というものが見つけられるかどうかです。
映画の中では、算術と天文にしか興味がない学者たちの魚オンチぶりや、逆に新しい味覚や素材を果敢に取り入れていく水戸光圀公の食通ぶりが描かれていますが、食というのは、その時代の生活感を表現するのになくてはならないと思っています。
ちなみに僕の趣味は畑で、いま元気がいいのはレモンとぶどうです。トマトは放っておいても実りますよ(笑)。一番楽しいのは、たまねぎやじゃがいもなど、スーパーで買ってきた野菜を放っておいて、芽が出るものを土に埋めることですね。畑いじりをしていると、その間は頭の中が真っ白になります。開墾している気分になれるのも好きです。
すごいなと思うのは、冬に枯れたと思っていても、春になると根から新しい芽が出ること。畑に無心に向き合っていると、そこから発想がわいてきますね。
●プロフィール
1977年岐阜県生まれ。96年、大学在学中に『黒い季節』で第1回スニーカー大賞金賞を受賞しデビュー。以後、小説を刊行しつつ、ゲーム、コミック原作、アニメ制作と活動の場を広げ、複数のメディアを横断するクリエイターとして独自の地位を確立する。03年、『マルドゥック・スクランブル』で第24回日本SF大賞を受賞。09年に刊行した初の時代小説『天地明察』(角川文庫)で2010年本屋大賞、11年大学読書人大賞、第31回吉川英治文学新人賞、第7回北東文芸賞、第4回舟橋聖一文学賞の5賞を受賞した。最新作は水戸光圀の生涯を描いた『光圀伝』(角川書店刊)。
◆『天地明察』9月15日(土)全国ロードショー
出演:岡田准一、宮崎あおい、中井貴一、松本幸四郎ほか
監督:滝田洋二郎 原作:冲方丁 音楽:久石譲
(c)2012「天地明察」製作委員会