ヘルシートーク:俳優・役所広司さん
数々の話題作に主演し、実力派俳優として国際的にも評価の高い役所広司さん。新作映画『わが母の記』では、母に捨てられたと思いながら生きてきた作家を熱演。年老いて記憶を失いつつある母と真摯に向き合い、絆を取り戻していく物語について語っていただきました。
◆昭和の文豪・井上靖さんの自伝的小説を映画化
この映画の原作は、『敦煌』『天平の甍いらか』など数々の名作で知られる昭和の文豪・井上靖さんの自伝的小説『わが母の記~花の下・月の光・雪の面~』です。僕が演じた主人公の作家・伊上洪作には井上さん自身が色濃く投影されていて、家族との実話をもとに物語が描かれています。
伊上は子どもの頃、兄妹の中でひとりだけ両親と離れて育てられたことから、母に捨てられたと思いながらずっと生きてきた。そして伊上も実際の井上さんも、43歳で新聞記者を辞めて作家になる。ずいぶん遅咲きでありながら、井上さんはあれほどの作品を残すわけですが、僕は伊上が井上さん自身だとするならば、捨てられたというトラウマや深い悲しみがあったからこそ、それが原動力となり表現者として大成したのではないかと思うんです。屈折がなければ、果たして小説を書こうとしただろうか–とね。母に認めてもらいたいという意識もあったのかもしれません。
井上さんが生前に過ごした世田谷のご自宅を、撮影に使わせていただいたんです。家の中は本棚の本に至るまで、ほとんど当時のまま。ご本人が眺めたであろう庭の風景を書斎から眺めることができて、役作りのうえでも大いに助けになりました。とても素敵な昭和の邸宅です。そのあたりもぜひ、映画でご覧になってみてください。
◆高齢化社会の今こそ「老い」を考えるきっかけに
父が亡くなり、年老いて次第に記憶が薄れていく母の面倒を兄妹で見ることになって、伊上は長年距離をおいてきた母と向き合うことになります。認知症というのはシリアスな問題ですが、伊上の妹たち、妻、娘たちはみんな優しく、そして明るく、変わっていく彼女を見守ります。母親役の樹木希林さんが、実にユーモラスに可愛らしく認知症のおばあさんを演じるんですよ。状況が深刻であればあるほど、明るさって大事だなと思いましたね。
高齢化社会の現代、いずれ誰もが「老い」の問題に直面します。親の記憶が失われていくことも、多くの人が経験するのではないでしょうか。そんな時、昭和を生きたこの家族の物語がヒントになるのではないかと思うんです。
この映画は昨年、モントリオール世界映画祭で審査員特別グランプリを受賞しました。海外でも評価されたのは、母と子の愛、家族の絆というものが、時代だけでなく国境も超えた普遍的なテーマだからではないでしょうか。
◆すりたてのわさびのおいしさが忘れられない
この映画の製作中に印象深かった食事ですか?俳優というのは、お弁当を食べることにかけては日本一の職業じゃないかと思うくらい、ロケ中の食事は出来合いのお弁当ばかりなんですよ(笑)。
そんな中でも思い出に残っているのが、冒頭のシーンで妹たちと食べる「わさび茶漬け」です。周囲にわさび田が広がる軽井沢でロケをしたのですが、僕がわさびをすって、薬味のねぎやのりを添えて、みそ汁とともに食べたお茶漬け。あれはおいしかったですね~。すりたてのわさびって、こんなに風味豊かなのかと驚きました。
映画の中の食事シーンは、演じるのも観るのも好きですね。食べるというのは、人間のプリミティブ(原始的)な姿ですから。人間的な部分をすごく出しやすいんです。
ふだんの食事では、野菜をけっこう食べますよ。野菜は何でも好き。昨夜も今朝も白菜を食べました。子どもの頃は野菜嫌いだったんです。おでんの大根とかも好きじゃなくて、「大人はなぜおいしそうに食べるんだろう」と不思議に思っていたのですが、40歳を過ぎた頃から身体のためにと積極的に食べ始めたら、今では大好きになりました。料理としては、毎日でも飽きずに食べられる和食がいいですね。
俳優は身体が資本ですから、しっかり健康管理をして、これからも良い作品と関わっていけたらと思っています。
●プロフィール
やくしょ・こうじ 1956年長崎県生まれ。96年『Shall we ダンス?』『眠る男』『シャブ極道』で14の映画賞の主演男優賞を独占。『CURE キュア』(97)、『うなぎ』(97)、『EUREKAユリイカ』(01)、『SAYURI』(05)、『バベル』(07)など、国際的にも高く評価されている作品に多数出演。09年には主演作『ガマの油』を初監督。東京国際映画祭審査員特別賞、ドバイ国際映画祭最優秀男優賞受賞作『キツツキと雨』(12)が公開中。
◆『わが母の記』4月28日(土)ロードショー
www.wagahaha.jp
出演:役所広司/樹木希林/宮崎あおい/三國連太郎/南果歩/キムラ緑子/ミムラ/菊池亜希子/三浦貴大/真野恵里菜
脚本・監督:原田眞人
原作:井上靖
配給:松竹