これでいいのか辛口!チェーンストアにもの申す(20)赤字の会社を立て直すのは
売上高昨年比二八%増加、経常利益昨年比三二%増加という、派手な躍進ぶりが伝えられるすかいらーくグループの中華ファミリーレストラン「バーミヤン」だが、その陰に隠れて地味だが堅実にして着実に立ち直りつつある外食企業がある。それが和食の「藍屋」と「夢庵」を展開する(株)藍屋である。
筆者は普段、すかいらーくグループの悪口ばかり書いてきたが、あまり恨みを買ってはいけないのでここらで賛辞を送り、今までの非礼の穴埋めをしたいと思う。毎回読んでいただいている読者は、“オヤ、仮面ライターもここらで方向転換かな?”と思われるかもしれないが、実はそうではない。
今回のレポートこそ、チェーン的な仕組みがいかに無意味なものであり、外食産業にかかわらず企業一般においても、最後はトップ、つまり社長またはリーダーの物の考え方や行動一つで、会社や職場集団は変わっていくのだということを実証したいのである。
チェーン的な仕組みやチェーンシステムだけが、この外食産業を支えつくり上げているのではなく、トップたる社長の人柄や物の考え方や行動が、会社を変え業積をあげていくものである。それを証明しているのが、この(株)藍屋なのである。
(株)藍屋は一九九三年(平成5年)、バブルの崩壊とともに大赤字に陥っていた。それは、藍屋が和食のファミリーレストランとしてスタートした当時、ほかにこの手の和食FR(ファミリーレストラン)がなかったため、無競合分野で大躍進を遂げることができたのである。
その好調ぶりにいい気になって、客単価をグングン上げ続け内部努力もしなかったのが大きな間違いであった。そこでバブル崩壊である。もろにこの影響を受け、あえなく大赤字に転落することになる。
バブル崩壊をもろに受けたもう一つの原因は、FR藍屋の立地のほとんどが郊外であるということである。つまり、家族や友人同士の昼食や夕食需要だけに対応し、そのほかのさまざまなニーズに対応できない立地だったからである。
もともと和食は、生鮮食材を使い原価が高く、仕込みと調理に手間がかかり、人件費やコストがかかるのである。従ってどうしてもメニューが割高で、客単価の高い飲食店になる。だから、街場のたちのすし屋、天ぷら屋、うなぎ屋が高いのは経営努力などしてないのも原因だが、仕入れ単価の高い魚介類を使い、仕込み・調理に手間とコストがかかるためなのである。
しかし高級だからこそ、仕事上の接待や晴れの場、またはちょっとオシャレなデートに使われるのである。だから、上方系のカニ屋や大型の料亭割烹などがはやるのである。
残念ながら(株)藍屋は、そういった都心部立地に店を構え、それらに対応できるような豪華メニュー(四〇〇〇円~五〇〇〇円)がなかった。(株)藍屋には、一五八〇円や二三八〇円のメニューはあっても、お座敷でゆったり食べられるメニューや接待に耐えられるサービスもなかった。つまり、ちょっと良い和食のFRに徹していたのが大きな敗因なのだ(その証拠に、これ以後豊橋のカニ料理の「甲羅」が、全国展開をはじめ、各地で大繁盛をなし得るのである)。
だからバブルが崩壊すると、藍屋がターゲットにする家庭の主婦が財布を引き締めた。そこでもっと安いFRやFF(ファストフード)、そしてHMR(ホーム・ミール・リプレースメント)のスーパーの惣菜に彼女らの外食行動はシフト・チェンジしてゆく。その結果大苦戦に陥るのである。
ちょうどその時分、すかいらーくが「ガスト」を生み出す。そこで、すかいらーく首脳部が(株)藍屋に指示したのが、和食の低価格業態夢庵路線である。ところがこの夢庵路線が、安売りメニューでお客は多かったのだが、食材原価・調理人件費が高い和食のため利益が出ないのであった。
一九九五年(平成7年)の春に、現在の矢崎社長が就任された。矢崎社長は、すかいらーくの前身のことぶき食品のころ(東大和の団地でスーパーを営んでいた時)入社し、ずーっと事務畑を歩いてきた方である。
筆者が矢崎氏を知ったのは、矢崎氏がすかいらーくの総務部長からセントラルキッチンの本部長、そしてすかいらーくの食材を各店舗に配送するすかいらーく系運送会社の「ジャパンカーゴ」の社長に就任されたころである。うわさを聞いて、“この人はすごい!”と感心したからである。
トラックの運送免許は、運輸省が握る大利権である。今ほとんど新規の路線免許は下りないので、運送業をしようとすると、手っ取り早く“既存の赤字運送会社”を買収するしかない。そこですかいらーくも、グループ全体の全国物流ネットワークを支える運送会社を、赤字のトラック運送会社の三社合併によってつくり上げるのである。
しかし、もともと赤字の運送会社にろくなトラック運転手や事務員がいるわけがない。事務所は汚くモラルは乱れ事故が相次ぐ。まるで修羅場のようなありさまなのであった。しかし、この矢崎氏はこの新運送会社に乗り込み、一〇年で近代的な物流会社に立て直したのである。
その手法は、何と単純なことである。「誠実」と「基本」である。仕事を誠実に行うこと、荷主、届け先、お客さまに誠意を持って対応すること、あいさつをすること、交通ルールを守ること、安全運転が最優先であること、規則正しい生活をすること、健康管理に気を配ることなどである。
矢崎氏に一度会ったことがある。その時、「なにしろ仕事は“誠実”と“基本”です。あの佐川急便をみてください。全国のドラコン(全国ドライバーコンテスト)でいつも一位じゃないですか。だから、佐川事件にも基本ができてる現場はびくともしないんです。安全運転、荷主に感謝、ルールを守る公徳心という運転手に必須の基本ができてるんです。うちも今年、埼玉地区の大会で何とか上位を取りました」とうれしそうに述べられていた。
屈託のないやさしい笑顔が忘れられない。その後お会いしていないが、この人なら藍屋を立て直すだろうなと直感した。
案の定、繁盛していたが利益のでない夢庵の新メニューは、「豆腐」と「そば・うどん」である。これはやり方次第で、原価の低い付加価値の高い食材なのである。
うわさでは、(株)藍屋の社内に存在した夢庵と藍屋の対立する二大派閥にメスを入れ、社内融和に成功されたらしい。そして今年、平成大不況の中で着実に店舗と会社を立て直し、成功の道を歩みはじめている。それが、包丁一つ持ったことのない素人社長なのである。
大切なのは、人間である。藍屋のチェーンの仕組みは何も変わっていない。しかし、それを運営する人間が変われば、赤字にもなるし躍進もするのである。特に外食産業は人間が中心のビジネスである。だからバーミヤンの浮かれ報道の陰に、こうした藍屋の着実な歩みがあることを忘れてはならない。
何はともあれ、システムや理屈ではなく、「人間」こそ企業経営の重要なファクターだということを再認識した次第である。
(仮面ライター)