料理の潮流トップシェフインタビュー:「海燕亭」料理長・大里利光氏
日本料理界で料理長となって四半世紀、料亭、精進料理、レストランと数々の業態の厨房で指揮を取りながら、常に新しいことに挑戦し続けてきた大里利光氏。今年は自らオーナーを務める「奔走」(ちそう)もオープンし、経営者の立場からも料理人の育成に力を注ぐなど、業界の発展に尽力している。
‐‐最近のお客のニーズを、どう見ていますか。
大里 私がいま料理長を勤める海燕亭は、今年で15周年を迎えます。業態によって違いますが、老舗の料亭であれば、毎年季節の伝統的な仕事でも構わないかもしれません。でもうちのようなレストランは、接待なのか、女性同士の食事会なのかというお客さまの用途によって、目先を変えることも大切。先づけひとつとっても、いまは日本酒よりビール派が多いので、どんなお酒にもマッチする前菜が好まれると思います。また女性には、より季節感を表現した盛り付けに気を配る。
当店は常連のお客さまも多いですから、常に何か新しい発見や味の工夫をしないと、お客さまを引き付けられない。幸い東天紅は、中華や洋食部門もあるので、それぞれの料理長にアドバイスをもらうこともできる。
今年は、スズキをトマトソースでアレンジしてみました。常に変化に挑戦して、新しい料理を提供し、お客さまを感動させること。これを怠ったら繁盛店にはなれないでしょう。
また、若い料理人たちにはよく「お金を使いなさい」と言います。自分が財布を開いて初めて、料理だけでなくサービスも含めたトータルな価値が分かる。普段から、いろんなお店に入って体験していないと、上質なサービスは提供できないからです。
‐‐今年5月、湯島に日本料理店をオープンされたそうですね。
大里 縁あって、先人から引継ぎ、リニューアルオープンしました。料理人としてだけでなく、トータルな見地から自分を表現できる場が欲しかった。それでも実際は「お金を頂戴して稼ぐ」ということが、いかに難しいか、身に染みています。
東天紅は「ペニービジネス」といって、在庫管理や経理が実にしっかりしている。経営者の立場にならなければ、これは実感できなかったでしょう。
僕自身の経歴も、料亭一本できたわけでなく、精進料理や宴会料理、レストランと幅広い業態を10年サイクルくらいで経験してきました。自分のスタイルとして、そのつどいろいろなものを吸収し、チャレンジしてきた。今回も商売とはどんなものか、料理人として勉強させてもらってます。
また、長く業界にいて感じているのは、「人」が何より大切だということ。料理というのは、技術だけではなく、その人の品格が出る。まず人ありきで、おいしい料理を作るチームがいないと、1人の力では何もできません。
‐‐大里さんは、協和調理師紹介所の会長もなさっていますが。
大里 当会は40年近い歴史があって、株式会社として運営しています。しかし最近、痛切に思うことは、派遣業として、もっと料理人のキャリアを生かし、受け入れ先からも喜ばれる仕組みづくりをきちんと構築しなければいけない。うちは関東中心ですが、調理師紹介所というのは全国にあって、各紹介所は自分の組織内で、人材を派遣してきた。
しかし、自分が雇用する立場になって見えてきたことですが、人材費は飲食店にとって、大きなウエートを占めています。ただ事務的に人を右から左に動かすだけでは、雇用先にとって、あまりにもリスクが大きい。もちろん料理人のキャリアと業態のマッチングは考えていますが、それはトップが決める人事で、明確な基準というものがない。
課題は、お客さまの要望に合った高い技術と人間性を持った料理人を育てること。試験や資格の制度をつくって、彼らのキャリアを階級付けること。そのキャリアを生かせる派遣先とマッチングする仕組みをつくること、です。
いまは情報化社会で、紹介所を通さなくても人が動くようにもなってきた。業界が旧態然としていては、事業そのものも形骸化してしまうでしょう。まず、当会から、業界に名前が通るような実力ある料理人集団をつくって、活躍の場を広げていきたい。
実際に海外では、日本料理への評価が非常に高く、活躍している料理人がたくさんいます。ところが国内では著名な方もいますが、和食の料理人にあまりスポットライトが当たらない。日本料理のメッセージを伝える意味でも、もっと和食の料理人を表に引き出していただきたいと思いますね。
○プロフィル
◆おおさと・としみつ=1952年千葉県佐原市生まれ。71年田園調布料亭「大国」を皮切りに日本料理の道を歩む。目黒天恩山五百羅漢寺「らかん亭」で精進料理調理長を10年間務めた後、築地本願寺伝道会館取締役調理長を経て、92年から「海燕亭」調理長を務める。2006年自身がオーナーを勤める「奔走」もオープン。(株)協和調理師紹介所会長、社団法人日本料理研究会師範。
◆「日本料理 海燕亭」(東京都台東区池之端1‐4‐33、電話03・5814・1515)
◆「奔走」(東京都文京区湯島3‐29‐3、電話03・5818・0772)
◆シェフの愛用食材:ヒガシマル醤油の「透明醤」
醤油を脱色したもので、名前の通り無色透明な醤油。
漬け物などの野菜の色をとばさないための加工食品用に開発されたもの。透明だが、風味や味は醤油そのもの。香りがきつくないので、日本料理はもちろん洋食、中華などの隠し味としても使える。
うちの店でも、おひたしなどに重宝しています。現在製造しているのは、ヒガシマル醤油だけ。