シェフと60分 たいめいけん主人・茂出木雅章氏 加工品・調味料全て拒否

1993.11.01 39号 8面

本業も趣味も二代目。二足のワラジを上手に履きこなしている。「どちらものめり込まないようにしています。料理の方もあまりのめり込むとどうしようもなくなってしまう。だからケーキはケーキ屋に、パンはパン屋に注文しています。趣味の凧も仕事になると義務感が働いて苦痛になってしまいますから」。

「料理研究家であり、そうでない」と自己評価する。しかし、料理に対するこだわり、研究心は旺盛だ。「コメに合う洋食」が“たいめいけん”の基本コンセプトで、まず、コメには相当のこだわりをもつ。「かつて有機米を使ったり、産地まで出かけていいコメをさがしました。結局、もちはもち屋でコメ屋さんに良質のコメを選んでもらうのが一番よいという結論に達しました」。そのコメがいま不足し、外食産業を直撃している。「うちで使っているコメも一㎏五〇円仕入れ価格が上がっています。一食当たりいくらの原価アップになるか計算していませんが打撃です。メニュー価格を上げることはできませんから、じっとがまんです。うちは単独店なので仕入れ価格が上がっても輸入米を使わずに済みそうですが、大手のチェーン店や弁当、惣菜業者はたいへんでしょう。今まで、“ササニシキ一〇〇%使用”と銘打っていた商品が“ササニシキ混入”ということになるかも。大手チェーン店は音を上げて値を上げるのでは」。厳しいジョークだ。

「たいめいけん」といえば小皿料理とラーメンがつとに有名。その小皿料理は先代からの人気メニューで、三〇年間、看板料理になっている。“年をとると量的に食べられなくなってくる。この一皿を全部食べてしまうと次の料理が食べられなくなるから悪いけど残してある。量が少なくて、いろいろ食べられる工夫はないものか”というお客さんの言葉に、ヒントを得て先代が考えだしたアイデア料理。週刊朝日に紹介されて、注目され、店のメニューに採用した。「おやじさんは厳格だったが、同時にアイデアマンだった」とふり返る。

「ラーメンは奥が深い。うちでは化学調味料は一切使っていません。おいしくて、しかも飽きのこない味、お客さんが安心して、長く食べられる味にするよう考えています。化学調味料を使うと、味はよくなりますが、舌に残り、飽きられてしまいます」。化学調味料を使わない味にこだわり続ける。

「たいめいけん」のボルシチ、コンソメスープは“スープの素”は使わない。「バジリコやオレガノなどのスパイスを使いたがりますが、あまりスパイスを使い過ぎると飽きられてしまいます。ショウガ、ガーリック、タイムだけにとどめておくとお客さんに“おいしい”と喜ばれる」。

できるだけお客の声を聞くよう心がけている。「おいしい、とかまずいと言ってくれるお客さんが一番うれしい。そういうお客さんをだいじにしています」。ひとりよがりの料理にならないように肝に銘じている。

味だけでなく、メニューが豊富なことも繁盛要因。先代の時代よりメニューが増えたのは茂出木さんの考えに基づくが、若いコックのアイデアを積極的に採用しているからだ。「できるだけ、コックのアイデアを生かすように挑戦させています。私が食べてやるから作ってみなさいと刺激しています。そして、メニューになりそうなものを“今月の料理”として提供し、人気になれば定番化します」。若い料理人の育成に熱を入れる。しかし、手抜きはさせない。「目に見えないところで手抜きをすることもあり、目を光らせています。うちは加工品も使いません。冷凍にしたり、真空にして保存することはさせないよう注意しています」。

一度辞めたコックがまた戻ってくる。現在、その“出戻り”が六人働いている。「たいめいけん」のどこに魅力があるのか。「たぶん、給料が少し高いからでしょう」と笑うが、そればかりではなさそうだ。祝日と日曜日は休業だが、それ以外に年間一ヵ月の有給休暇を与えている。それに茂出木さんのやさしい人柄も大きな要因。「性格がいいかげんだから」と嫌遜するが、抱容力に若いコックが惹かれるに違いない。二代目にありがちな“おごり”や“イヤ味”がない。

目のとどく範囲の仕事を続けたいと考えている。

支店を出して失敗した経験があるからかもしれないが「のめり込んで手を広げすぎると料理以外の経営問題とか、人とのつきあいに振り回されてしまいます。おやじさんは自分の好みのお客さんだけを相手にカウンターの店を出すことを夢にしていましたが、私は自分の目のとどく範囲の中で仕事を続けていきたい。趣味もあり、両立できるような自由人でいたいと考えています」。

1939年、東京・中央区新川に生まれる。小学校の頃から店を手つだい、日本橋、銀座回りの出前をする。慶応大学法学部卒業と同時に店に入る。

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