外食の潮流を読む(5)低価格競争に参戦しなかった「天丼てんや」が今光る
牛丼の270円やら、290円という低価格競争は今や完全に存在しない。この端緒である2001年4月の吉野家「250円」は強烈に衝撃的だったが、今この数字を眺めるとむしろ貧相な印象をもたらす。こんなことを口に出すのは私だけだろうか。スターバックスのコーヒーより安い250円で、温かい牛丼が食べられるというのは素晴らしいことではあるのだが、外食はこのような低価格を誇示する時代ではなくなったという気分である。
同じ和風の丼チェーンの中で、40ヵ月以上連続して前年同月比をクリアしているところがある。それは「天丼てんや」。同チェーンを展開するロイヤルホールディングスの月次報告を見ると、今年の上半期6ヵ月の既存店の前年同月比売上高は104.9%となっている。もっとすごいのは同客数が104.0%となっていることだ。客数が増え続けている。
私が「天丼てんや」の月次報告を知りたくなったきっかけは、今年の4月下旬に店頭ポスターで見た「あさり穴子天丼」に衝撃を受けて思わず入店してしまったことから。「あさり」という春の季節感とそれを天ぷらで食べるというごちそう感、丼からはみ出すほどの彩がある盛りだくさんの天ぷらの画像、これで830円(税込み)にひかれた。
「天丼てんや」は1989年4月に東京駅八重洲の地下街にオープンした。私は当時『月刊食堂』の記者で、そのワンコインをうたう「天丼490円」という触れ込みに触発されて、オープン当日の朝行列に並び、そのお値打ち感の高い天丼を興奮しながら食べたものだ。あれから26年がたち、そのメニューは“税込み500円”で維持されている。
そして、キャンペーン中の「ダブルソース鶏天丼 半熟玉子付」税込み690円という“ガッツリ感”のあるメニューが存在する。これらを整理すると3つのライン、すなわち「季節感」「ベーシック」「ガッツリ感」が「天丼てんや」の客層を支えている。
振り返ると、「天丼てんや」は前述の低価格競争に参戦しなかった。そのせいか当時、外食での存在感が薄かった。それが今40ヵ月連続対前年同月比売上高クリアというのは、低価格競争が終焉(しゅうえん)し、牛丼チェーンが値上げしてきたころと符丁が合う。牛丼チェーンが600円台のメニューを投入してきたから、もともと600円台の「天丼てんや」のメニューが消費者の視界に入ってきたというわけだ。消費者には選択肢が広がり、「天丼てんや」の商品価値が認知されていく。フロアスタッフは40、50歳代を中心とした女性ばかりで、落ち着いた空気感を醸し出している。
外食は、ずーっと「コンビニ、食品スーパーの脅威」を語っている。しかし、「天丼てんや」の好調ぶりを見ると、脅威とさせる業態のワンランク上の価格帯で、客層を明確に意識した対応が、食べにいきたい動機をもたらしている。
(フードフォーラム代表・千葉哲幸)
◆ちば・てつゆき=柴田書店「月刊食堂」、商業界「飲食店経営」の元編集長。現在、フードサービス・ジャーナリストとして、取材・執筆・セミナー活動を展開。