クローズアップ現在:飲食店で今求められる「おいしい」の柔軟性
京都市中央区「moment coffee kyoto」の「やきぱんセット」(1,300円税込み)は、手のひらにのるほど小さいミニ食パンを直火で焼き、6種類のトッピングをさまざまに組み合わせて味わう。“おままごと感覚”で楽しめるそのかわいらしさが人気を呼んでいる(外食レストラン新聞25年3月号「メニュートレンド」より)
4月号では“時間枠”で変わる「おいしい」を分析したが、今号は違う切り口で「おいしい」について取り上げたい。飲食店のメニュー開発の仕事では、顧客が「おいしい」と思うメニューを作ることが依頼された人間の責務になる。とはいえ「おいしい」に答えはないため、筆者はコンセプトや客層、立地、他店の環境を考慮して「おいしい」と感じていただけるメニューを目指して作っているのだが、「おいしさ」の幅は広い。
●食べ物の基準も「かわいい」を重視
おいしさの概念や基準は、時代や年代、立場、文化などによっても変わり、情報によっても人間の「味覚」は変化するものだ。Z世代の中には見栄えが「かわいい」ものでないと、食べたくないし食べてもおいしいとは思えない、ということは多々ある。「おいしいから食べてみたら」とすすめても、「かわいくない」という理由で口にしないことも珍しくない。「かわいい」という視点が購買意欲につながるのは、キャラクターグッズや雑貨などの「物」では理解しやすいが、実は食べ物にも有効というわけだ。というより、あらゆる「かわいいモノ」に、もはや境目はないのかもしれない。
以前、学生250人ほどにアンケート調査したところ「桜餅も柏餅も生まれてから一度も食べたことがない」という人が2割強に上った。「どちらか片方のみ食べたことがある」や、「一度だけ食べたことがある」という人を含めると、おそらく過半数は優に超えるだろう。
「一度は食べてみること」を宿題にしたところ、どちらの菓子も今回初体験という女子学生の感想は、「柏餅はかわいくない。桜餅はかわいいから好き。味はどちらも同じ」。ピンク色の桜餅はその見た目によって嫌いではないものになったようだが、味は決しておいしいと思ってはいない、というわけだ。恐らく今回のように義務にならなければ、どちらの菓子も生涯において口にしなかったかもしれない。
●高齢になると「硬さ」が強く影響
日本では高齢化が加速しているが、そうした点においても飲食店で出すべき「おいしい」は変える必要がありそうだ。味を感じるセンサーの味蕾は、口の中にその数、数百から1万以上の幅をもって存在している。それは年代ごとに数が変わるからで、10代をピークとして、年を重ねるごとにセンサーの数が減少し、高齢になってくると塩分と糖分の味蕾だけが残っていく。塩味や甘い味がおいしいにつながる傾向にあるのだ。また、噛む力も嚥下能力も衰えるため、食べ物の「硬さ」が「おいしさ」に強く影響するようになる。肉好きの人がステーキが食べられなくなり、ハンバーグが唯一の食べられる肉料理になるというケースなどが見られるようになるのだ。
●食感、ストーリーでも大きく変わる
近年、パンは「もちもち食感」が人気だ。「もっちり」も受け入れられている。これがさらに密度が高く、詰まった弾力感の「むっちり」になると、ベーグルには許されるが、トーストでは苦手になる人が増えるのが最近の傾向だ。また、パンのもちもちは好きだが、お餅のもちもちは好まないというケースも多々ある。口の中に留まる時間や噛む回数、そして飲み込む前の口溶けなどの「おいしい」と感じさせる感覚は、この数年でかなり変わったといえるだろう。
白ご飯も昭和の時代は「一粒一粒を感じる」ような食感がおいしさの指標になっていたが、今は軟らかいご飯のほうがトレンドだ。
「これだけ手間暇をかけました」「完成までに何年かかりました」「契約農家直送の食材で」といった作り手の想いやストーリーを情報として載せることも、食べた時のおいしさを変える要素だ。情報が脳へ送られ、価値を上げたり下げたりするからだろう。つまり、実際に食べる前に、いかに客の脳の受け入れ体制を整えさせられるかが、おいしさを感じてもらうのには重要になってくるというわけだ。時代の流れや経済動向などを踏まえたうえで「おいしい」を変化させる柔軟性が、今の飲食店には求められている。
一方、「長年変わらない味」で愛されている店も数多くある。これは、「変わらない」「変えない」ことをしっかりストーリーとして客に感じさせているため。実は、変えないためには、技術や柔軟な姿勢も必要で、変わらないのは探求を続けているから。決して「変わっていない」わけではないのだ。
(食の総合コンサルタント トータルフード代表取締役 メニュー開発・大学兼任講師 小倉朋子)














