どう変わる30兆円市場、わが国外食時流と外食業界の対応

1999.12.20 194号 2面

いよいよ二一世紀である。振り返れば、二〇世紀、一九〇〇年代というのは、ベルトコンベヤーに代表されるように機械文明が高度に発達した時代であった。その中で、人類は多くのものを得、多くのものを失ってきた。

食品産業が生み出した、簡便な食品による合理的な食事スタイルは、現代人の日常にしっかりと根付いている。インスタント食品に限らず、ちょっと温めるだけ、袋を破るだけでそのまま食べられる。そうした多くの食品の登場が、外食産業の現場に革命的な変化をもたらした。

米国から導入されたチェーンストア方式の経営スタイルは、昭和40年代から60年代にいたるまでわが国の成長産業の一翼を「外食産業」として担ってきた。今日外食産業は、三〇兆円市場と三〇〇万人の雇用を生み出す、一大産業分野に成長してきたのである。

しかしだからといって、これからの二一世紀、この一〇〇年がこのまま安穏と過ぎてゆくはずはない。今まで依拠してきた唯一の経営原理「飲食業の近代化」が、そのまままかり通るはずがないではないか。希望と不安がよぎる、峠の時代。時流はまさに、大きな分岐点にさしかかっている。その激しい流れにのみ込まれないように、われわれもしっかりと舵をきろうではないか。

●モノからコトの時代

ここ数年、特にバブル崩壊以降、社会は大きく激しく変わった。消費者=お客の価値観が大きく変化し、店を選ぶ基準もまるで変わってしまった。

振り返ってみると、かつての日本人は人並みの生活を求め総横並び感覚でモノを持つことを追い求めた。だから、この二〇世紀が生み出した革命的な、大量生産多量販売=コストダウンという仕組みは、当時の生活者にズバリ適合し、この仕組みを持った企業が成長することができた。

だが、モノが消費者にゆき渡り、物余りの豊かな成熟社会になった今日、生活者は決して人並みを望まなくなった。どこへいっても同じ店舗、同じメニューで、しかも味の方はまあまあ。こうした店には安心感はあるが、さほど魅力がないことが分かったのである。

消費者はこう思いはじめてから、既存の外食店には行かなくなりはじめた。人並みではなく、人の持ってないモノ、できないことを求めようとしているのが今日の消費者である。つまり、それだけ洗練されてきているということなのだ。本物を、差別化された価値あるモノを求めているのが、今日の消費者=お客なのである。

年間一五〇〇万人もの人が外国に旅をし、本場のイタリア料理や中国料理を食べている。一方各種グルメ雑誌が、おいしい店、話題の料理、カリスマ店員まで詳細に紹介している。

特にパソコンやインターネットといった、情報手段の急速な発達は、日本の生活者に本物を学習する限りなく大きなチャンスを提供しているのである。そしてそこで本物を知った消費者が、われわれの外食産業を大きく変貌させようとしているのである。

●「新・職人」の時代

今年ヒットした映画の中に、「鉄道員」がある。世渡りが下手で無骨な、一人の鉄道マンの生涯を描いたものである。同じ時期、NHK連続ドラマでも同じような鉄道マンを描いた、「すずらん」が高視聴率をあげていた。

昨年惜しくも最終回を迎えた、TVの人気料理番組「料理の鉄人」。これもそれまでの、システム経営で語られるような、ファミリーレストランやファストフードといったアメリカナイズされた外食産業とはまったく違う、鍛え抜かれた料理人の世界を描き出したものだ。

これらの番組が高視聴率を挙げる背景には、近代化の中で否定されてきた「職人」、その人間的な“技”への人々のあこがれがある。二〇世紀は、機械文明が飛躍的に人々の生活を豊かにした。しかしその過程で、合理化を求めるあまり人間臭い職人の存在を排除してきた。

たしかに、技術やプロセス、細部にこだわる職人はじゃまな存在である。チェーンを急激に展開するために、職人は不要であった。「コックレス」が声高に叫ばれ、「セントラルキッチン」でほとんど出来上がった料理を店舗まで運ぶ物流が話題になった。

しかしそうして供されるハンバーグやとんかつがうまいわけがない。飲食業にとって商品力(メニュー力)の欠如は致命的である。

こうして再び職人の技が脚光を浴び出したのである。ところが今脚光を浴びているこの職人像は、従来の閉鎖的で封建的な職人ではない。コンピューターを使いこなし、科学的に料理を分析し、なおかつその料理に独特のこだわりとセンスを盛り込む、新しい時代の職人なのである。これを「新・職人」と呼びたい。

そのために勉強する。そのために技を磨く。そのために調理場で苦しい修業にも耐える。こうして、新しい時代の職人が数多く誕生することとなった。

飲食ばかりではない。この「新・職人」の潮流は、ファッションの世界にも流れている。マスコミでカリスマ店員として話題になっている人たちも、同じような「新・職人」である。いずれにしろ、飲食業で働く者たちの意識も大きく変わった。

●「新・専門店」の時代

今、すし屋、とんかつ屋、ラーメン屋、焼き肉屋そして居酒屋といった「○○屋」のつく専門店・業種店が繁盛している。これらの専門店は、これまでの業態店であるファミリーレストランやファストフーズの客単価より少し割高である。しかし今日のお客は、少し高くてもおいしい料理を提供する専門店・業種店を支持しはじめている。

しかしこれらは、従来の生業的な専門店ではない。「新・職人」の登場と時を一にして、「新・専門店」の時代の幕が開いたのである。以前のように、「これからはファミリーレストラン!」とか、「ファストフード!」というように、成長業は一つではない。つまり、もう単一コンセプトで通用するような時代ではないのだ。

特に何をやれば当たるというような、流行や仕掛けに流される時代ではない。消費者=お客が、本物しか選択しない、需要が多様で移り変わりの早い時代だからなのである。

もう一つ、「新・職人」と共通した特徴がある。それは専門店だからといって、旧態依然とした経営の仕組みでやったら必ず失敗するということである。「新・専門店」として成功しているお店のほとんどが、ホスピタリティー(お客を丁寧にお迎えしもてなすこと)をきちんと実行できているお店である。

お店の現場においてはホスピタリティー、しかし一歩裏にまわれば徹底した効率化・合理化がなされているという仕組みを持っているのが「新・専門店」なのである。もち論パソコンによるデータ管理が徹底的になされているのは言うまでもない。

●JUST Do it!

最後に、明日への提案をしてこの文を締めくくりたい。

明るい兆しは見えない。何もかもが厳しい状況である。しかし、だからこそ目指す方向を見逃してはならない。閉塞状況に陥ったら、“Just do it!”とつぶやいてみよう。これはスポーツシューズで有名な、ナイキ社のキャッチフレーズである。「とにかくやってみなければわからないじゃないか! だから思い切りやってみよう!」という意味である。

ごちゃごちゃ言っても始まらない。思い切り飛んでみようじゃないかと、社員を励まし続け世界的なスポーツシューズのメーカーに育ったナイキ社の社訓でもある。

こうした先の見えない時代、この“Just do it!”を大いに見習おうではないか。そしてどんな時も、飲食業としての基本を忘れてはならない。感じの良いサービスでお客を迎え、おいしい料理でもてなす。それこそがわれわれの基本だ。

この基本が、業種業態によって違うわけではない。焼き肉屋だろうがハンバーグ屋だろうが居酒屋だろうが、この原則をきちんと守り顧客満足を追求する限り、われわれの明日がきっと明るく輝くに違いないのである。

(T&Tコンサルティング・高桑隆)

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