ようこそ医薬・バイオ室へ:冷蔵庫の普及で減った胃がん

1999.06.10 45号 6面

私事で恐縮だが、今年は父が亡くなって一三年になる。胃がんであった。酒もタバコも全くやらない人だったので、ストレスなのか、ヘリコバクター・ピロリ菌なのか、遺伝なのか分からないが、とにかく突然プッツリと人生の糸が切れた。

いつ切れるか分からない糸なので、いつ切れても悔いがないように精一杯生きればよいのだが、残念ながら凡人故にダラダラとテレビのプロ野球を見ていたり、ひいきチームが勝てば何回もスポーツニュースを見たりと、どうも精一杯とは胸張って言えないような気がする。といって、「肩に力を入れずに」と達観しているわけではないので、困ったものである。

ま、それはさておき、ちょうど父が亡くなった一九八六年は、がん研究にとって重要な年であった。それは、世界で初めてRBという網膜芽細胞腫のがん抑制遺伝子が単離されたのである。

その後、多くのがん抑制遺伝子が発見され、特に注目されているのはヒトの第一七番染色体にあるp53というがん抑制遺伝子である。このp53については、最近NHKスペシャルの「驚異の小宇宙・人体Ⅲ 遺伝子」で取り上げられていたので、覚えている人も多いと思う。

簡単に説明すると、p53遺伝子が正常であると、DNAに突然変異が起こったとしてもそのDNAの傷を治してくれる。また、先に挙げた抑制遺伝子であるRB遺伝子に異常が起こった場合には、p53遺伝子が働いて、がん化する前にその細胞を殺してしまう。ところが、このp53遺伝子が異常になると、ブレーキが壊れたようにがん化に走る例が多く見られる。現在、がん細胞にこのp53遺伝子を直接導入して、がん細胞を自殺させて取り除く実験が行われている。

ところで、最初の胃がんに戻ろう。以前に書いたかもしれないが、アメリカでは冷蔵庫の普及以来急激に胃がんが減っている。最近、遺伝子やDNAばかりが注目されるが、衛生状態ががんの発生に非常に強い相関があるといわれており、確かに東南アジアやアフリカでは感染症に起因するがんが多い。日本で冷蔵庫が普及しても依然として胃がんが多いのは、ヘリコバクター・ピロリ菌の感染率が高いからともいわれている。

ここで、注目すべきなのは、感染症になるとその部位で炎症が起こるが、この炎症ががんの大きな原因ではないかという説である。つまり、炎症部位には白血球が集まってきて、菌やウイルスを殺すために、多くの活性酸素を出す。この活性酸素が菌だけでなく、付近の組織の遺伝子までも損傷を与えて、特に先のがん抑制遺伝子が傷つくと、がん化してしまう可能性が高い。

また、ストレスもよくがんの原因といわれる。マウスのオスを二〇匹も一つの小さな箱に入れるとストレスがたまり、がん発生率が上がる。一方、つがいで飼うと落ち着くのかがん発生率が下がって長命になり、オス一匹とメス二匹ではもっと長命になったという実験結果がある。これらの例でもストレスが活性酸素を発生させるので、活性酸素とがんの関係はかなり深いように思える。

妻は「オス二匹とメス一匹の実験はしてへんの」と聞くが、多分メスの奪い合いでオスの寿命は縮まると思う。オス一匹とメス二匹の場合でも、同じ部屋ではなく、メスはそれぞれ違う部屋で、好きな時にオスが通う方がもっと長生きしそうな気がするのは、不謹慎であろうか。

(新エネルギー・産業技術

総合開発機構 高橋清)

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