外食の潮流を読む(85)飲食業が不動産の価値を高める、マザーズのホテル企画運営事業
東京・立川に本拠を置くマザーズという飲食企業がある。創業が2001年6月。代表の保村良豪(やすむら・よしたけ)氏は飲食業界の経営者を輩出しているグローバルダイニングのOBであり、同社が醸し出すスタイリッシュな文化を引き継いでいる。現在、カジュアルイタリアンを中心に約20店舗を展開している。
同社は近年、ホテルのプロデュースでも注目されている。この分野の最初の仕事は、18年8月、東京・西新宿にオープンした「ザ・ノット東京新宿」。13階建て客室数400、40年間営業していたものを、いちご地所が譲受して「ライフスタイルホテル」にリノベーションするという構想であった。
ライフスタイルホテルとは、既存の都市ホテルやビジネスホテルと一線を画した、お客がライフスタイルのままで利用し、地域社会に開かれた存在ということ。この西新宿のホテルの1、2階に「モアザン」という飲食施設を構成し、マザーズが運営を担当した。
そして、また新しいホテルが誕生。マザーズが飲食やロビーなどのパブリック部門のプロデュースを担当した「ノーガホテル清水京都」が4月1日、京都の清水寺の麓にオープンした。同ホテルは野村不動産のプロジェクトで、マザーズは20年9月にオープンした秋葉原のホテルのプロデュースで初めて参画した。こうしてホテルのプロデュースは「ザ・ノット」が西新宿、広島、4月20日にオープンした横浜で3つ、「ノーガホテル」が2つの計5つとなっている。
いずれのホテルもレストランは「マザーズ」のクオリティーで、オールデイダイニング(早朝から深夜まで食事を提供)に位置付けられる。ベーカリーを付帯しているパターンもあり、製造の工程が見えるほか、出来上がりのパンが随時品揃えされて、宿泊客だけではなく地元密着の役割も果たしている。
保村氏はこれまでのホテルプロデュースの経験値から「飲食がホテルという不動産の価値を高める存在になると、ホテルにとってはかけがえのない存在になり、飲食業が投資をしなくても運営できるようになる」という。さらに、マザーズがパブリック部門を運営していることで、ホテルの存在価値が上がっているという事実から、ここで働いているマザーズの従業員のモチベーションは著しく高まっているという。そこで、同社ではホテルでの成功体験を重ねていき、このような飲食業の在り方の道しるべになっていきたいとしている。
マザーズがホテルプロデュースを推進している理由には、飲食業界を継続的に働くことができる職場にしたいという狙いが込められている。ホテルの業務にはベッドメイクのようなバックヤードの業務もあり、高齢に達しても仕事を継続できるからだ。このような職場環境をフルに活用することによって、「飲食業を生涯働ける業界」にしていき、定着率の高い業界に育てていきたいと保村氏は考えている。
(フードフォーラム代表・千葉哲幸)
◆ちば・てつゆき=柴田書店「月刊食堂」、商業界「飲食店経営」の元編集長。現在、フードサービス・ジャーナリストとして、取材・執筆・セミナー活動を展開。