元気企業の顔:アシックス・鬼塚喜八郎取締役会長

2005.06.10 119号 6面

鬼塚さんは5月29日に満87歳を迎えた。6月6日、神戸財界の代表として、水越浩士・神戸商工会議所会頭、柏井建一代表が発起人となり、鬼塚さんの米寿を祝う会が盛大に催された。超元気の人だ。

神戸の本社と東京の支社(墨田区錦糸町)を1日2回往復することもしばしばという。神戸本社の会長室は8階にあるが、エレベーターは使用しない。「元気の基本は歩くこと。毎日、健康とスポーツのことで全国、時に海外にも出かけ走り回っている」と事もなく語る。

アシックスの社名の由来は“健全なる精神は健全なる身体に宿れかし(Anima Sana in Corpore Sano)”の言葉の頭文字をとりASICSとした。「スポーツ」は知育、体育、徳育を総合したもので、青少年の育成に最適。スポーツマンシップとは第一にルールを守ること。それは平和な国をつくるには絶対必要だ。第二に感謝と礼儀の心を常に持ち、第三にベストを尽くして積極的に闘う。そして「忍耐強く、頑張ること。それが成長につながる」と。

第四にチームワークを重んじ、第五に目標を持ち、時にはチームを勝利に導く踏み台になること。そして毎日自己啓発しながら、なにを学んでいくかを絶えず考えていれば勝利に結びつく。鬼塚さんの人生を貫いている志だ。

鬼塚さんが経営者の鑑としていつも名前をあげるのは松下電器産業の創業者、松下幸之助氏だ。「企業は公器。自分の幸せと人の幸せを考えること。かつて、松下さんに宗教心を持ちなさいと言われた」という。松下翁からおおいなる感化をうけた。

鬼塚さんの経営理念は“率先垂範”。鬼塚閥を作らず実力主義が基本。ガラス張りの経営をずっと続けている。

戦争の体験が現在の“鬼塚イズム”を築いたともいえる。鬼塚さんは終戦を長野県長野市で迎えた。「ビルマ(現ミャンマー)戦線に就く予定だったが、留守隊の副官として内地に残った。兄弟のように仲の良かった戦友は、神戸国防婦人会の鬼塚福弥会長夫妻と養子縁組の約束をしていた。しかし、ビルマで戦死した。その戦友は『もし俺が帰ってこれなかったら鬼塚夫婦の死に水をとってくれ』と言い残して逝った」。そして、鬼塚さんは夫婦の養子となり、男の約束を果たしたのだった。

◆アテネオリンピックで聖火ランアー

鬼塚さんはアテネオリンピック開会式当日に、ソウル大会女子マラソン金メダリストのロザ・モタ選手とアテネ市内を聖火ランナーとして走った。満87歳を迎えた鬼塚さんの人生で最も記念すべきことであった。次の目標は2008年90歳の時に迎える北京大会で北京の街を聖火ランナーとして走ることだ。

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