ようこそ医薬・バイオ室へ:血液の話、固まらなくても固まり過ぎても困る

1997.07.10 22号 8面

昭和63年の年末、花市場からキクの花が消えた。極端な品薄に高値が付くとともに、白いランも買い占められていた。明けて昭和64年1月7日、お屠蘇気分の抜けぬころ、それらの花がデパートや街角に一斉に、そしてしめやかに飾られた。昭和天皇の崩御である。

前年の9月から、日赤の車が輸血のための新鮮血を皇居へ運び入れる映像がテレビに何度も映し出され、新聞では「下血」とか「DIC」という聞き慣れない言葉が第一面に連日載り、忘年会も自重したところが多かった。

下血はまあ分かるとして、DICというどこかのホームセンターのような名前の病気は、日本名では全身性血管内凝縮症侯群という。身体の中のどこかで血小板を活性化して血を固める因子が生産されて、全身の血液が固まってしまうという非常に恐ろしい病気である。

多くはガン細胞が凝固活性因子を生産している場合であるが、重症の感染症や敗血症など血管内に細菌が入ってしまった場合も多く、細菌の菌体成分や毒素が血小板を活性化する。

昭和天皇の場合、胆道を塞ぐガンがあって、それが増えて周りの組織を傷つけた。胆道は腸とつながっているので腸の細菌が傷口を伝わって血液中に入り、その菌体成分や毒素がDICを引き起こしたものらしい。

こうなると、体内の血小坂や凝固因子があちこちでどんどん消費されて不足気味になり、いざ昭和天皇のように消化管からの出血を止めなければという時に、血小板や凝固因子が足りないために血が固まらず下血が続くという状態になる。それで新鮮血や血小坂の輸血を行って補おうとしたのだが、入れても入れても違う湯所で消費されてしまうので、大量の新鮮血を連日輸血する必要があったようである。

ところでで、血が固まらなくても上記のDICや血友病のように大変だが、血が固まって困るのは心筋梗塞や脳梗塞などの血栓症である。こちらはなじみが深いが、意外なのは精神状態がその発症に関係していることだ。

有名な例では、田中角栄元首相が竹下登元首相の創政会の旗揚げのことで激論となり、その直後に脳梗塞で倒れている。大平元首相は内閣不信任案が通り総選挙になった時に心筋梗塞となった。また、二クソン元大統領はウォーターゲート事件の後、下肢に静脈血栓ができ、この血栓が一部溶けてはがれて肺まで行き肺梗塞を起こしている。

いずれも精神的ストレスが極度に高まったときに発症しており、地位があって失うものが大きい方々のストレスは如何ばかりか想像できないが、それほどでない方もそれなりに血栓症は起こるので、ストレスの発散には十分に留意したい。

血栓症の薬は最近いろいろ開発されているが、ユニークなのはヒルジンであろう。血が固まるのは非常に複雑な反応で、多くの凝固因子が関与して起こるが、とにかく最後にトロンビンという物質ができて、このトロンビンが血夜中のフィブリノーゲンをフィブリンという繊維状のタンパクに変えると固まる。ヒルジンはこのトロンビンに結合してフィブリンを作らせないもので、むかし田んぼに入るとよく足にくっついてきたヒルの唾液の中から見つかったのでこの名前が付いているというのはウソのような本当の話。英語でもヒルジンなのでヒルは国際語らしい。確かにヒルはせっかく血を吸っても体の中で固まっては具合が悪いので、血を固まらせない仕組みを持っているのであろう。

一方、吸血コウモリの方はアクチベーターなるものを持っている。こちらは固まった血を溶かすプラスミンという酵素を作るもので、たとえ口や胃の中で血が固まってもこれで溶かしてしまう。

この原稿を横で読んでいた妻が

「ほな、ドラキュラもアクチなんたらを持ってるんやろか」

と聞く。多分そうなのだろうと思うが、ニンニクがアクチなんたらの働きを阻害するという実験は誰もやっていないと思う。意外にこんなところにすごい発見が潜んでいるかもしれない。

((株)ジャパン・エナジー医薬バイオ研究所 高橋清)

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