だから素敵! あの人のヘルシートーク:トイレ壁画デザイナー・松永はつ子さん

2001.03.10 67号 4面

「夢はニューヨークの公衆トイレを“汚い、臭い、怖い”の3Kからパラダイスに変身させること」。とはいっても、英語は話せず、資金もなし。本人以外の誰もが不可能と思ったその夢を十数年を経て実現したトイレ壁画デザイナーの松永はつ子さん。「思い煩わない」を信念に数々の困難を乗り越え実現させたサクセスストーリーをトイレ壁画制作現場(NY紀伊国屋書店)で伺った。

●排泄物の生産場所

トイレのことなら私に任せてよ! って、いまはそう思っています。なぜトイレにこだわるのかって? トイレにこだわるから私に意味がある、なんて。トイレの空間というのを誰も真剣に考えていないから、かな。同じ住空間でもリビングや寝室はそれぞれ検証している人がいるけれど、トイレは誰もやっていない。だからトイレがいいんです。

よく臭いものにフタをするというでしょう。この考え方は西洋文明から始まっています。汚い、臭いものは流してしまう、自分の出した汚いモノが消え去ることを美としてきた。そして水洗トイレが誕生します。

日本はというと、中国の考え方を受け継いで排泄物を単なる臭いもの、汚いものとは考えなかった。排泄物を発酵させてリサイクルする、つまり肥料として使う。金銭的価値も持たせて。庶民は長屋に住んでいてトイレは共同で一カ所。住民の排泄物が溜まったら農家の人が取りに来る。排泄物をもらって大根などの農作物を置いていく。これは凄い物々交換ですね。

江戸時代の日本は世界的にみても人口がとても多かった。それでも西洋で流行って多くの死者を出したコレラ・疫痢といった病気が起こらなかったのは、排泄物を流さなかったからだといわれています。西洋では「流す」考えから海や川に捨ててしまって、結果、下水を通じて疫病の感染ルートを作ってしまった。

●食べ物と排泄量と病気の関係

排泄物の量が国によって少し違いがあるって知っていますか? イタリア人と日本人が多いんですって。イタリア人はパスタを、日本人はコメをたくさん食べるから。この理由が本当かどうか分からないけれど、どちらにしても健康のためにはどんどん出した方がいい。肉食になると、食べる量が多いからといって排泄物の量も比例的に多くなるというわけではない。例えばアメリカ人は少ないと聞きます。でも最近は日本人も食が欧米化しているからか、直腸がんが多くなっているでしょう。やはり食べ物と排泄との関係が重要だということですね。反対にアメリカではいま、日本食はヘルシーフードとしてウケています。

私はNYに来ても食生活は日本と同じ、外食はほとんどしません。弟の所に居候させてもらって、現場に出る時はお弁当を作って持って行くから、昼も和食。コメはカリフォルニア米ですけれどね。アメリカの食事が嫌いなわけではないんです。少しもの足りない時にコーラを飲むと満足するし、スッとする。それから、NYで食べるマッシュポテトも好き。お肉料理の添え物のようだけれど、メーンのお肉よりずっとおいしい。コーラとマッシュポテトが好きだから、わりとアメリカ向きの身体なのかしらね?

●一〇〇歳まで生きる

私ね、一〇〇歳まで生きるっていわれているんですよ。やだなぁ(笑)。だって、私は太く短くがいいなぁ、って思っていたんだもん。でも一〇〇歳でなくていいから、死ぬまで元気でいたいですね。

私の仕事は肉体労働だから、本当は五〇歳で辞めようと思っていました。だけど、とんでもない。五〇になってから仕事が増えてきているんだから。だからいまは「いいや。スタートが遅かった分、長生きしよう」と考えを変えました。あっ! だから「一〇〇歳まで生きる」なんていわれたのかしら?

ずいぶん回り道をしたんですよ。トイレの壁に初めて絵を描いたのが昭和49年。普通にOLをしていて、幼稚園のトイレに壁画を描いたことをキッカケに、仕事も辞めてトイレ壁画デザイナーになっちゃった。思いたったらすぐやっちゃうのよね、私は。それから横浜の日吉に住んでいたので、目の前に慶応大学があるし、通信教育で大学卒業もいいなぁと思って。だって、目の前にあるのに、もったいないじゃない。それでトイレ壁画デザイナーとアルバイトと大学生の生活ですよ。

トイレ壁画デザイナーになってからリッチになったことはありません。その頃は本当にその日暮らし。大学を卒業するのに、途中三年間の休学を入れて一三年かかったしね。通信は卒業率が三%未満。皆さん続かないの。私は三四歳で入学して四七歳で卒業。でも大学の論文で「人間ははぜ四方を壁に囲まれなきゃ排泄しにくいのか」とか、壁と人間の関係を考える時間を持てました。

●いまがチャンス、ヒラリーさんに会いたい

NYはとにかく公衆トイレが少ない、この一言に尽きます。一九四〇年代には一六〇〇カ所ものトイレがあったのに、市の財政難と犯罪の多発でいまでは三〇カ所ほどしかない。そこで思ったんです。私がトイレに壁画を描くことで何かお手伝いができるんじゃないかと。

トイレ壁画は、アメリカ文化にもともとあったウォールペインティングの手法をトイレに広げるだけ。ドアや壁、天井、すべてをカンバスに見立てて異空間を作り出すんです。トイレが排泄の行為だけを目的とするのではなくて、街のリフレッシュ空間として安らぎの空間に作り変えることはできないかという提案です。

もちろん、なかなか思うようには進みません。現実にスポンサーも必要だから何とか企業に頼み込んだり。そして断られる、断られる。もちろん落ち込んじゃいますよ。そういう時は「断る方が悪い、こんなことで思い煩ってはいけない」と思うんです。先のことは分からないから人は生きていける。私は執念深いから、後悔したくないからやるんです。

それにね、いまはチャンスなんです。ヒラリー・クリントンさんが当選してNYの市政にかかわることになったでしょう。トイレには絶対女性の力が必要。日本では昔からトイレと女性との関わりが深く、妊婦さんがトイレ掃除をしたらきれいな子が生まれるとか、ね。トイレの神様、厠神も女性。女性特有の病気を、トイレでトイレの神様に祈るとか、つまり女の人の聖域だったんですね。

だから、ヒラリー・クリントンさんなんです。NYのトイレを再生するために力を合わせたい。チャンスだと思った時がチャンスでしょう。このチャンスを逃してはいけない。だから次回NYに来るときには絶対に会いたいなぁ。

◆プロフィル

まつなが・はつこ 1947年宮崎県生まれ。慶応大学文学部人間関係学科卒業。OLの傍ら幼稚園の壁画を描いたことからトイレ壁画デザイナーとして独立。公衆トイレを快適な空間にするために活動する。NYのコニーアイランドにある水族館のトイレ、そして日本では駅、住宅、店舗などのトイレ壁画を制作。トイレから考えた障害者、高齢問題にも取り組む。著書に『喜怒哀楽とっておきトイレの話50』(ニューハウス出版)『トイレのお仕事‐ニューヨーク・トイレ再生物語‐』(集英社新書)

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