だから素敵! あの人のヘルシートーク:民族学者・石毛直道さん

2003.09.10 98号 4面

大阪の千里万博公園にある「国立民族博物館」(通称=みんぱく)の設立からかかわり、最後の6年間は館長を務められた石毛直道さん。この春、館長を卒業し“遊び”に没頭しているという。学問への真摯な姿勢と旺盛な好奇心、解き放たれた“味探検家”の毎日、次のフィールドはいかに。新刊『食べるお仕事』にあるこれまでの調査・研究も含め、じっくり伺った。

‐“鉄の胃袋”とあだ名される石毛さん。調査で「どうぞ」と言われ、「これは…」と拒否したことは一回もありませんか。

食べたことのない物なら、拒否はしません。「これはやばいな」と思って断ることもあるけれど、そこは相手を傷つけないようにうまくね。主にギリギリの衛生上の理由によります。向こうが「おいしいから食え」と言ったら、無理しても食べなくてはというのはあります。

「知らない物にあたったら、その場で食う」がテーマです。市場には大抵露店があって、民衆の普段の食べ物の作り方が目で見える。お品書きもいらないから言葉が分からなくても大丈夫。そこで「あれはまだ食ったことない」と好奇心をそそられたら、その場で。腹がいっぱいだから一回りしてなんて思っても、帰り道は通らないこともあれば、もう品切れになっていることもあるでしょう。一期一会です。ヘビ・ワニ・シマウマ・ラクダ・オオサンショウウオ……、小さな動物園ができるくらいの種類の動物が胃袋を通過しているかもしれません。これらは現地の人たちにとってはゲテモノではないのです。他の文化からみると、生の魚やクジラ、フグを食べる日本人の方がイカモノ食いだと見られますしね。

‐『食べるお仕事』にはたくさんの国のお話が出てきますが、いったい何カ国くらいに行かれたのでしょうか。

多くの文化人類学者はアフリカニストとかオセアニストとか、その地域を深く深く研究するのが普通です。しかし私の場合、こういう学問をやったのはもともと旅が好き、まあ、あっちこっち回りたいのですね(笑)。若い頃、ニューギニアやアフリカのいくつかの地点で深く深くの地域研究もやりましたが、その後はあっちこっちの比較研究が主体になりました。一つの題材を世界中で比較することによって、なぜこのような文化が起こったのか、それが人類にとってどのような意味を持つのかを考える。私はそういう方が得意なのです。だから訪れた国となると勘定したことはないけれど、九〇カ国とかあると思います。

食べ物はもともと風土に密着したもの。けれど、それを加工する技術・原料、家畜と作物は運んでいける。それが文明の広がりとともに広く伝えられた。加工法も別の土地の方法がその土地の食品に適応されるということもあります。一方では伝統的な食生活が環境にものすごく密着しているけれど、一方では、また大きな地球規模の文化の流れと無関係ではないんですね。言葉がたくさんあるように、一つの固有性を持っている「文化」が世界中にたくさんあります。その上の表面を大きく覆っていくものを私は「文明」と名付けています。文明論的な捉え方では、広がりや普遍性を追求します。文化論的な捉え方だと、内へ内へ深く深く籠っていく。それの両方が交錯するところが、私の研究している一番、面白いところです。

例えばですか。それでは魚醤。みなさん、タイ料理のナンプラーを思い出すでしょうけれど、秋田のしょっつるはもちろん、私の定義では塩辛も魚醤です。魚の種類、場所も違うけれど、全部に共通するのはグルタミン酸が多いこと。塩辛は長期間置いておくとどんどん酵素で分解して液体状に近くなり、濾したら同じ物になる。江戸時代には塩辛が調味料代わりに使われていましたし、八丈島の先の青ヶ島という所ではいまでも塩辛で煮物をします。ですからナンプラーがない時、塩辛を炒め物に使ったり、パスタでアンチョビー代わりに使ってもおいしいですよ。私の説では、魚醤がベースにあって、それを中国で大豆や穀物に置き換えて味噌や醤油の祖先になったとしています。そのくらい、調味料の基本なんです。

‐あり合わせの材料でリビア砂漠ではにぎり寿司を、ニューギニア高地では手打ちうどんを見事に作り、日本食を食べたがっていた調査仲間にふるまったというエピソードがありますね。どんな物を持参するのですか。

自分一人の調査の時は、民衆の普段の食事を研究することがテーマだから、ポリシーとして現地食を食べます。けれど何人かで調査隊を組んで行く時、食べ物で参ってしまう人が多いんです。そんな時にね、荷物にならないちょっとした小物を。粉末のダシの素とか粉わさびとか、七味唐辛子とか。醤油は都市ならば大概手に入ります。炊事当番を作って順番にやっていても、私の作るものが一番うまいからと、段々私がコックになってしまうんです。

私自身は基本的には丈夫な方です。辛かったことですか。そうだなあ、東アフリカのある村で農民の家に居候していた時、トウモロコシで作ったウガリが主食、おかずも植物性ばかり。肉なんて滅多になくて油も少ない。身体の油っけが抜けてしまったようで。サバンナのきつい風が吹くのですが、その風が身体の中にスウスウ入ってくるようでしたね。お腹を悪くした時はバナナを食べています。調査地に熱帯が多かったので大概あります。栄養価は高いし、ばい菌がいたとしても皮をむいてしまえば清潔。飲み物はココヤシの透明なジュースを。でも、本来健康を考えて食べるタイプではないですねぇ。仕事上、栄養学とか常識的なことは知っているけれど、食べたい時に食べて飲みたい時に飲む、それで寿命が少々短くともいいと。そういう意味では確信犯ですね(笑)。

‐そんな石毛さんが長い勤め人生活を終了しました。いまはさぞや冒険の日常なのでしょうね。

自由の身になって会議のない生活、いいですねぇ。いまは本当に日常を楽しんでいます。みんぱく時代はオートバイ通勤をしていたのだけど、いまは電動自転車に。茨木に構えた自分の事務所を出て、知らない横町ばかりどんどん走って、ちょっと面白そうな飯屋を見つけたり。こんな所にスーパー銭湯ができたのかとか。そのうち淀川を越えて大阪まで行っちゃったりして一日二〇キロくらい走ってます。戻ってくるのが夕方、全然仕事にならなかったりして。

とにかく遊びがすべてに優先という生活。退屈で退屈でしょうがなくなったらまとまった仕事をしようかと思っていたけれど、いっこうに退屈にならない。一生このまま遊ぶのも悪くないな、なんてね(笑)。

一生のうちに一度だけは料理の本を出してみたいとは思っていますが。みんぱくの頃のクッキングスクール一〇年分のレシピがあるので、それを元に。行きたい所もまだまだたくさんあります。世界は知らない所ばかりですから。南米、アマゾンの中流から下。これまで暑い所の仕事が多かったので、一度は本当に寒い所に行ってみたい。シベリアのかなり北の方とか。これも学問的興味とは少し違うかな(笑)。

◆プロフィル

いしげ・なおみち 1937年千葉県生まれ。京都大学卒業。農学博士。97年から03年3月まで国立民族学博物館館長。アフリカ・東アジア・東南アジアなどで食文化調査・研究に従事。世界各地の“味探検”で知られる。著書に『リビア砂漠探検記』『食卓の文化誌』『食いしん坊の民族学』『鉄の胃袋中国漫遊』『食事の文明論』『文化麺類学ことはじめ』など。

これはちゃんとしたお仕事(笑)。14日にオープンする福井県の『御食国(みけつくに)若狭おばま食文化館』の名誉館長になりました。小浜市には飛鳥・奈良の時代に朝廷に食を供給していた御食国としての歴史があるほど、豊かな食の歴史があります。作る、食べるを体験するキッチンスタジオも楽しいです。ぜひ遊びに来てください。(問い合わせは小浜市役所 電話0770・53・1111)

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