ただ今人気急上昇中「もつ鍋」 もつ料理の発祥

1992.04.06 1号 1面

臓物を鍋にしたのは博多ならではの発想だが、臓物を焼いて食べるもつ焼きは、ずっと以前から国民に愛好されていた。

諸外国には大昔から臓物料理が多く、栄養酒に富み、美味なものが多いことは知られていたが、歴史上に食肉文化をもたない日本人は、その食べ方を知らなかった。

それが明治時代の終わり、牛豚の臓物を串に刺し、タレをつけて焼いて食べさせる「焼鳥屋」と称した屋台が、夜になると現われるようになった。これが大正時代の中期からだんだんと国民に愛好されるようになった。第二次世界大戦で一時姿を消したが、終戦直後の極度の食糧不足を背景に、焼鳥屋がいっせいに増え始め、臓物の串焼きを大量に売り始めた。博多のもつ鍋と同じ時期である。その後、ホルモン焼き、ホルモン鍋といった名前も登場し、その濃厚な味と手軽な値段で、大衆の人気をさらったといわれている。

《バラエティーと安さが好評》 最近では、焼鳥屋の多くがこの臓物焼きとなっているが、それは当時の食糧不足の名残りと同時に、鶏肉だけの串焼きなら飽きてしまうものを、むしろ多種の家畜のさまざまな臓物を焼いた方がよほどバラエティーに富んだ味を楽しめ、そのうえ安いので、今ではそういう店のほうが圧倒的に人気があるようだ。

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