榊真一郎のトレンドピックアップ:極め付きフライドエッグ
フライドエッグが何で目玉焼きなんだろう、って不思議に思わなかった人っています? フライドチキンとフライドエッグが同じ「フライド(Fried)」であることに釈然としない。日本人なら多分そうだと思う。
英語の国の人がフライドと言う時、それは「熱した油を媒体として調理する」ことを指すわけで、そういう意味からすると「油で揚げる」も「油で焼く」も同じくFriedになる。あえて区別するなら「ディープフライ(Deep Fry)」「パンフライ(Pan Fry)」と油の深さで表現する。深鍋分の油か、フライパン分の浅い油か、というような区別ですね。
と分かっていても、目玉焼きをFried Eggと呼ぶのに不自然さを感じる私は、かなり血中アジア度が高いのか? 実はタイやベトナム辺りで、フライドエッグと言えばそれは「揚げ卵」を意味する。
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目玉焼きじゃない、正真正銘のフライドエッグ(揚げ卵)の話を今日はしてみましょう。まずは作り方。
用意するものは‐‐
(1)深めの使い込んだ小さな手鍋(ミルクパンが適当)と、一杯分の植物油
(2)新鮮な生卵と、それを割入れる小皿(油を塗って滑り良くしておきましょう)
(3)レンジ一面分のアルミホイルと、床一面分の新聞紙
(4)洗濯寸前のジャージ上下と、水中めがねに厚手の軍手(余裕があれば片手にオタマ)
(3)(4)は別になくとも良いが、身の安全と作業後の後片づけの面倒さに絶望したくなければぜひご用意いただきたいもの。
油を熱します。表面から煙が出るほど熱する、これがコツです。その中に生卵をそっと滑り込ませるのですが、まあ物すごい勢いで油がはじけます。卵の水分が熱々の油と反応しての出来事で、それじゃあ油の温度を下げればいいか、というとそうすると鍋底に卵が張り付く。
恐ろしいほど熱い油の中だからこそ、卵はチリチリ白身の端をめくり上げるようにしながら固まっていく。鍋底とキスする間もなく、ビックリするほどのスピードで卵の表面を油で包んでやるのが第二のコツ。
表面がヤンワリ固まったら、猛烈な水蒸気などものかは、果敢にオタマを突き出して卵の形を整えながら、好みの堅さになるまで油の中で温めてやれば出来上がり、という料理なり。
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ポーチドエッグをお湯の代わりに油で作った、と言ってしまえばそれまでで、しかしながら「何かをお手本にしたのに、何にも似てない」料理なのですな、これが。
大抵私は、炊きたての白飯に辛めに仕上げた肉味噌を乗っけてタップリのコリアンダーと一緒にこれをいただくのですが、水気をなくしてフカフカになった白身の食感とか、あめ色に焦げた表面のバリバリ感とか、まあ言ってみれば「油の中に放出した大量の水と交換に手に入れた濃厚な味わい」が、みずみずしさの対極にあって、しかしながらうまいとうならざるを得ない力強さを発散する。アジア的なうまさ、とでも言えばいいですか。
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日本料理と西洋料理の狭間で育ってきた私たちにとって、アジアというのは素直な驚きに満ちた「うまいの宝庫」かも知れない。
例えばインド出身の友人はこれまた変わったフライドエッグを作る。ゆで卵を油を引いたフライパンに押しつけながら転がして、辛抱強くいり続けると、最初は油の中でプルプル震える卵たちが、キュッキュッ音立てながら焦げていく。
一〇分ほども続けていくと、白身の厚さが半分ぐらいまで縮まってキリの先で突いてできたような小さな穴が無数にできる。これをカレーで煮込むといい具合にそこから味がしみ込んで、マア、これが驚くほどうまい。
アジアで卵。水に浮かんで割れる月が彼方に、油におぼれる朧月(おぼろづき)此方に、それぞれの魔法にかかってまどろむ私はここに。はてさて次はどんな呪文が私を呼ぶことかしら、と思えば楽し、次のまた次。
((株)OGMコンサルティング常務取締役)