飲食トレンド:デパ地下惣菜vs外食チェーン、ブランド戦争火花散る!

2005.04.04 298号 1面

フードサービス業といえば、レストランや居酒屋などの飲食店ばかりを想像しがちだが、店舗内での調理加工を行う惣菜店や弁当店など中食ビジネスの一部も、分類上はフードサービス業として位置づけられている。近年では「食物販」などとも呼ばれて、商業施設におけるステータスも高まっている「中食」分野であるが、低迷する外食市場をしり目に、こうした「中食」のマーケットは着実に拡大を続けている。

(商業環境研究所所長・入江直之)

●市場規模6兆円

外食産業総合調査研究センターの推計によれば、中食市場は平成13年に六兆円を突破し、外食市場がほぼ二五兆円ほどにまで落ち込んだ平成15年には、中食の市場規模は六兆一〇〇〇億円を大きく超えて、外食マーケットのおよそ四分の一の大きさにまで成長している。

こうした中食の世界も、これまでのように工場で生産された製品を店頭に並べて販売するだけの、いわゆる「売店形式」の提供方法では、すでに消費者の十分な満足を得ることはできなくなっている。

現在、デパ地下や駅ビルなどといった商業施設で消費者の人気を集めている中食店舗の多くは、販売の現場である店舗内に調理加工のキッチンを設け、調理作業や盛りつけなどを店頭でアピールしながら、作りたての惣菜やスウィーツなどを提供するスタイルである。そしてこのような状況の中で、外食業界で確立したブランドを利用して、デパ地下などの中食業界へ進出する企業が次第にその数を増している。

●大手FRの試み

少し古いところでは、大手ファミリーレストラン(FR)チェーンの「すかいらーく」グループが運営する洋惣菜・菓子チェーン「フロ・プレステージュ(FLO)」が挙げられるだろう。

「FLO」は、もともとはフランスで長い歴史を誇る老舗レストランであり、当初は、この由緒あるレストランをそのまま日本国内で展開する計画だったのだが数店舗で断念。現在はウエディングレストランとなっている横浜店を残して、レストラン業態は事実上撤退している。

しかし、そのブランドを生かして、日本式のデパ地下業態「フロ・プレステージュ」へと転換し、現在では関東を中心に八〇店舗以上を出店する、デパ地下でも常連組のヒット業態となって見事に活性化された。

●新業態の開発へ

さらに同社では二〇〇二年に、和食の定食、弁当、惣菜を中心にテークアウトとイートインの両方に対応する新業態「八福」を開発し、郊外の路面店や商業施設へと展開を始めた。

これまで洋食デリ惣菜のテークアウト業態であった「マルコ」も、一部を除き和洋デリ惣菜のテークアウト・イートイン業態「デリカ八福」へと転換しており、この「八福」は同社のノウハウをフルに生かしたデリ惣菜の中核ブランドとして育て上げられる計画と思われる。実際、同社が発表している経営計画においても中食マーケットの将来性に対する期待は大きく、事業の柱のひとつとして位置づけられている。

●中華惣菜に転換

前述のすかいらーく社の事例は、どちらかといえば既存ブランドの活用というよりも、同社の持つ商品開発と調理提供ノウハウを生かした、中食ビジネスに向けた新ブランドの確立という戦略といえるだろう。

しかし前述の通り、デパ地下惣菜の世界では近年、外食業界で作り上げた知名度の高いブランドを生かして、新業態の出店を行うケースが数多く見受けられるようになっている。

その一例が、中華惣菜の「紅虎家常菜(紅虎デリ)」だ。この店はその店名が示す通り、今では知らぬ者のない中華チェーンのビッグネームとなった際コーポレーションの「紅虎餃子房」をデパ地下向けの中華惣菜店に転換した店舗である。

だれもが同社のグループ店舗であることが分かるようにロゴマークも「紅虎餃子房」と同じ書体を用いて、主に駅ビルや百貨店などの商業施設内で、「紅虎餃子房」で提供している点心や炒飯、惣菜などを調理販売するというコンセプトで展開を進めている。

同社は、チェーンストアとして標準化されたフォーマットの店舗を多数出店するという仕組みで多店舗化を進めているわけではなく、こうした中食業態の展開が、どの程度経営上のメリットをもたらすかについては未知数だが、知名度の高い既存ブランドの価値を最大限に活用するという意味では、非常にその効果が分かりやすい事例であるといえる。

●着実に店舗増

また同様に、飲食店として有名となったブランドを中食展開に活用している事例としては、和食居酒屋の老舗として知られている「えん」のデパ地下業態「和食屋の惣菜えん」が挙げられる。

この店を経営するビー・ワイ・オーは、最近ではニューヨーク出店の成功などでも大きな話題を呼んでいるが、この「和食屋の惣菜えん」は、二〇〇三年に渋谷の東急フードショーに出店した一号店から、すでに四店舗へと店舗数を増やしている。

同社の居酒屋型店舗は約二〇店舗ほどであるが、みな一二〇坪以上の大型店であり、二〇〇坪を超える店も少なくない。しかし、この惣菜業態は一〇~三〇坪ほどの小型店としての出店であり、同社としては、これまでとはまったく異なったスタイルの店舗となっている。

一号店の東急フードショー出店では、ほとんど宣伝活動を行わなかったにもかかわらず、「えん」のブランドを知るお客が店頭に列を作り、デパ地下のフロアに人があふれたというエピソードは有名だが、二号店の吉祥寺駅ビルでは惣菜と弁当の販売だけの小型店として、四号店の新宿駅ビルではカウンターで「出汁茶漬け」を供するスタイルをメーンにするなど、いまだ業態確立のための試行錯誤が続けられているようだ。

このようなスタイルの展開は、すでに知名度やクオリティーにおいて実績があり、安心して誘致できるブランドでありながら新しいスタイルの店舗であるという理由により、今後、商業施設デベロッパー側の要請もあって、さらに大きく加速する可能性があると考えられる。

●古くて新しい

前項の「紅虎デリ」や「和食屋の惣菜えん」ほど象徴的ではないにしても、こうした外食ブランドの「食物販」への進出は、これまでにも数多く存在している。

例えば、給食事業やとんかつの「新宿さぼてん」で知られるグリーンハウス・グループの中国料理店「西安餃子」には、「西安水餃子」というデパ地下惣菜業態が二店舗存在するし、とんかつの「かつくら」などを経営するフクナガ・ティー・アンド・フーズでは、炭火焼き業態の「串くら」の名称を冠した「串くら惣菜」を東京・渋谷の東急東横のれん街に出店している。

また、もともとは日本ケンタッキー・フライド・チキンの系列であったジェーシーコムサでは、五〇店舗以上を展開する焼鳥居酒屋の「一番どり」といった飲食店のほか、「京鳥」などの名称で、鶏惣菜の店舗を百貨店内中心に多数出店している。

さらに和食惣菜では「なだ万」が展開する「なだ万厨房」なども有名だ。さらに食物販とは少し異なるが、「牛角」で全国的な知名度を得たレインズ・インターナショナルでは、グループ会社のレインズフードレーベルにより「牛角」ブランドの焼き肉のタレやドレッシング、キムチの素などを商品化し、食品スーパーでの販売を行っている。

同様の例で最も有名なのはパスタ料理チェーンとして有名なピエトロが販売する「ピエトロ・ドレッシング」であろう。

そもそも、デパ地下などに出店している和惣菜や和洋菓子などの銘店チェーンには、もともと著名な飲食店からスタートした企業が数多く存在する。「有名レストランのブランドを生かして、物販店舗で商品を販売する」という経営手法自体は、古くから存在していたのだが、近年の特徴的な傾向といえるのが、数十店以上の店舗数を持つチェーン店企業がこうした戦略を採り始めたことなのだ。

●中食の“逆襲”

一方、こうした事例とはまったく逆に、中食中心であったチェーンが飲食店の経営に乗り出すというケースも生まれている。

デパ地下で「柿安ダイニング」などを展開する柿安本店は一昨年、大阪の商業施設に「柿安三尺三寸箸」という和食バイキング形式の飲食店をオープンした。この店舗は、近年ブームとなりつつある「自然食バイキング・レストラン」のスタイルを踏襲したもので、その後東京・新宿の駅ビルなど、商業施設を中心に三店舗を出店している。

また、ごく最近では、くず餅で有名な老舗和菓子チェーン「船橋屋」が、去る2月にイートインも兼ね備えたスウィーツと惣菜の新業態「船橋屋こよみ」を東京・広尾にオープンした。これは同社の創業二〇〇年を記念した店舗であり、チェーン化を目的としたものではないようだが、やはり既存の著名ブランドを活用した展開例として今後の動向が注目される。

このように、中食分野、特に商業施設の「食物販」と呼ばれる世界を中心としたフードサービス業の分野では、チェーン企業同士のブランドを巡る熾烈な争いが繰り広げられている。

外食の世界にも、ようやく価値のあるブランドが確立されてきたということなのかも知れない。

◆入江直之(いりえ・なおゆき)=各種飲食店のマネジャー、インテリアコーディネーターを経て、商業環境研究所を設立し独立。「情報化ではなく情報活用を」をテーマに、飲食店のみならず流通サービス業全般の情報化支援を幅広く手がける。各商工会議所で多数講演を開催するなどして、中小企業の業務サポーターとして活躍している。

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