ニューヨーク通信 外食ビジネスの新発想:アメリカの外食産業でモバイル・オーダー&ペイの導入加速
外食産業の最大手チェーン、マクドナルドは、全米の約1万4,000店でモバイル・オーダー&ペイの導入を進めている。待ち時間や注文エラーをなくし、サービス向上と失客の回復を目指す狙いだ。アメリカの外食産業は、個人経営の店でも、専用のアプリでスマートフォンによる注文や支払いができるシステムがスタンダード化しつつあり、今後は消費者のスマートフォンのアプリスペースを獲得する競争が激しくなりそうだ。(外海君子)
●アメリカの大手外食チェーンで続々導入
モバイル・オーダー&ペイとは、スマートフォンを使って注文と支払いを済ませ、待ち時間なしに商品を受け取るシステムだ。既に大手ではスターバックスを筆頭に、ダンキンドーナツやタコベル、ドミノ・ピザ、ピザハット、チポトレ・メキシカン・グリルなども導入している。バーガーキングも2016年12月からマイアミにおいて開始し、今後は全米で導入する運びだ。
マクドナルドでは全米店舗での導入に先立ち、まずはカリフォルニア州のモントレーとサリナス、ワシントン州スポケーンで導入。ベータ・パイロットテスト地でのフィードバックを反映させて、17年の第四半期には全米のマクドナルド店舗で導入を見込んだ。
一方、モバイル・コマースの先陣を切るスターバックスは、まだNFC(近距離無線通信)対応のスマートフォンが浸透していなかった11年に既にプロキシミティ(近接)モバイル・ペイメントを導入し、モバイル・オーダー&ペイは15年から開始。想定より多くの客がこの専用アプリを利用して注文したため、ピックアップ時の混雑がかえって失客につながるという問題が生じたが、オペレーション上の改善を試みた。今後も利用者は、順調に増える見込みだ。
●プラットフォーム運営会社の競争も激化
モバイル・オーダー&ペイで鍵を握るのは、ロジスティックスとオペレーション。導入前には綿密な計画が必要だ。マクドナルドが導入に遅れたのも、運営上の数々のチャレンジをクリアする必要があったからだろう。この点、一般の非チェーン店は小回りが利き、新しいシステムの導入も、よりフレキシブルに、かつ迅速に対応できる。
客が食体験を求めて訪れるハイエンドのレストランや、かねてから中国料理の店に多く見られるような配達員を常在させて出前を中心に行う零細店を除き、アメリカでは一般の個人店でも、モバイル・オーダー&ペイを積極的に導入している。一般に、モバイル注文・支払いのためのプラットフォームを運営する会社のサービスを利用することが多い。店側は、運営会社に注文成立ごとのコミッションなどを支払う。
こうした運営会社は、以前はほんの一握りしかなかったが、ここ数年の間に急増して競争が激しくなっており、店側にとってはより利用しやすい環境になっている。
例えば、よく店頭で見かける「レヴェルアップ」。レヴェルアップのアプリを利用すると、消費者はいろいろな選択が必要なメニューでも、簡単なステップを踏んで注文できる。決済は、店頭のターミナルに携帯のQRコードをかざすだけで済ませられる。また、例えば「9杯のコーヒーを買えば10杯目は無料になる」などの店独自にカスタマイズした特典プログラムや、客が店の付近を通りかかった時に呼びかけたり、ある一定期間店を訪れていない客に割引き特典を送って誘引する、といったプロモーションなどもアプリで行える。さらに、客のデータ分析もできるため、見えにくかった客の特性も浮かび上がるようになり、個々の客に適した対応をすることができる。
マクドナルドのような巨大なファストフードのチェーンはこれまで、TVコマーシャルなどマスメディアを通して不特定多数の大衆に働きかけ、最大公約数的なニーズに対応してきたが、モバイル技術により個々の客と直接一対一の関係を築くことができる。今後、モバイル・コマースは、さらに発展・活性化していくと予想される。
◆モバイル・オーダー&ペイ事情
●マクドナルド 注文、支払いのできる情報端末を2020年までにアメリカ全店に設置
マクドナルドでは、モバイル専用アプリを使って事前に注文すると、客はどの参加店に行ってもよいシステムを採用している。モバイル端末のGPS機能を活用したジオフェンシング技術により、店側は客の到着を事前に知り、注文されたメニューを用意するのだ。
客は、店内のカウンター、ドライブスルー、カーブサイド(道端)という三つの選択肢から都合の良い場所を選び、注文した品をピックアップできる。客にとっては、注文・受け取りの列に並んで待つ時間や労力をカットすることができ、大きなサービス向上につながる。
これに先立ってマクドナルドでは店内に注文・支払いのできるキオスク(情報端末)も据えはじめた。キオスクのタッチスクリーンで注文・支払いを済ませ、番号札を持って着席すると店員がテーブルまで商品を運んでくれる。注文時、受け取り時ともに列に並んで待つことがなくなる。
キオスクを含むアップグレードには15~70万ドルの費用がかかるが、本社はフランチャイズ店に対して経済的な支援を行い、17年末までに米国内の650店、20年までには米国内すべての店でこのアップグレードを行うとしている。キオスクはいずれ携帯のアプリを認識できるようにし、顧客の好みなども反映できるようになるという。
また、ウーバーイーツを利用した「マックデリバリー」という出前サービスも大都市から始め、今のところ3万5000店で利用可能だ。こうしたファストフードの顧客サービス向上は、外食産業全体にも影響を与えることになるだろう。
●ビヨンド・スシ 「スシ」を好む先進的な客にモバイル注文システムは必須
ベーガン寿司の店「ビヨンド・スシ」では、かねてから、デリバリーサービスサイト「グラブハブ」などのプラットフォームを利用してオンラインおよびモバイル注文・支払いを受け付けているが、13年には独自のアプリでの注文・支払いも始めた。こうしたシステムを独自で開設する場合、初期費用だけでなく維持費もかかる。実際、同店ではこれまでに4万ドルを費やしている。
オーナーのガイ・ヴァクニン氏によると、他社のプラットフォームを通すと売上げの15%のコミッションを取られ、リストの上部に上げてもらうなどのプロモーションを利用するにはさらに5%上乗せしなければならない。同店の場合は、コミッションだけを支払っているという。
寿司は日本では伝統食だが、アメリカではヘルシーでトレンディーな新しい食という位置づけだ。
どちらかといえば、寿司を食べる人は先進的で知的な人が多い。同店はビジネス街のランチとして利用されることが多く、仕事の合間にモバイル注文・支払いする客が多いことから、多少のコストがかかっても自前の専用アプリを用意することに大きな意味があったのだろう。
●スシテリア 08年のオープン以来、コストをかけてもデジタル化にこだわる
08年に第1号店をオープンした「スシテリア」ではウェブサイト、テキスティング(携帯からのEメールのこと)、店内のiPadなどを使って注文するシステムを採っており、店頭での口頭の注文は一切ない。08年といえば、まだ今ほどiPadは浸透しておらず、かなり先進的な手法だった。同店では、POSシステムの構築・維持にこれまで50万ドルほど使ったという。なぜそれほどデジタルでのオーダーにこだわるのだろうか。
オーナーのヴィクター・チャン氏によると、店頭での注文は一度に1人ずつしかできないが、パソコンや携帯、iPadを使えば、同時にたくさんの注文を受け付けることができる。つまり、注文の間口を広くし、売上げを伸ばすシステムを構築したかった、というわけだ。
同店のiPad注文は、分かりやすい絵を見ながら簡単にオーダーできる。また同店では、グラブハブ、デリバリー・コム、ポストメイツ、ドアダッシュ、キャヴィアなど多数のプラットフォームも使っている。それぞれに15~20%のコミッションを支払っているが、開店当初は35%ものコミッションを払い、リストのトップに上がるようにしてもらっていたそうだ。
同店も前出の「ビヨンド・スシ」も、デジタル化には積極的だが、他社のプラットフォームを使うかどうかに関しては、ずいぶん開きがある。同店では、プラットフォームの活用は多くの人に知ってもらうためのマーケティングで、必要経費と考えている。
同店で新しく始めたテキスティングは、携帯のSMSで注文を送るシステムで、店に注文がデジタルで送られてくると、注文チケットが自動でプリントアウトされる。厨房の料理人にとっては、口頭で取った注文用紙を手渡される従来の方法と変わりがない。
また、同店では、キャヴィア、ポストメイツ、ホーマーなどのデリバリーサービスを使っている。1回のデリバリーにつき、5$75¢の料金を払うが、専用の配達員を抱えるよりも安上がりだ。
外食産業サービスの分業化は、進みつつある。
●セカンド・アヴェニュー・デリ 昔ながらの電話注文を続ける老舗レストランにもモバイル化の波
「セカンド・アヴェニュー・デリ」は、1954年創業の地域密着型老舗レストランだ。ニューヨーカーでその名を知らない人はいない。クニシュやポテトのパンケーキ、パストラミのサンドイッチ、ブリンツなどのユダヤ料理は、創業以来、ニューヨーカーに愛されてきた。“過ぎ越しの祭”などのユダヤ教の祝日や、“バルミツバ”などの儀式のための伝統的なコーシャ料理(ユダヤ教の掟に従って料理された清浄な料理)のケータリングの注文も多い。
同店のウェブサイトを見るとオンライン注文は「準備中」とあり、メールオーダーのページは、電話をかけて注文しなければならない。他の店のウェブサイトにあるような、グラブハブやウーバーイーツなどのプラットフォームは、いっさい記されていない。
創業者の叔父から店を引き継いだジョシュ・リーベウォール氏に尋ねてみると、同店もポストメイツやキャヴィアなどのプラットフォームに載ってはいるという。プラットフォームのオペレーターからすれば、同店のような有名店がリストに載っていないと、ユーザーからは支持を得られないという事情があるのだろう。
同氏によると、古い世代はやはり電話をかけて注文することを好む。特に大口のケータリングの注文となると、電話をかけて相談しながら注文する傾向が強い。
しかし、若い世代は、ボタン一つ押せばすむ簡易さを好む傾向があり、同店でもオンライン注文およびモバイル注文を年内には実現させたい、としている。
伝統的な地域密着型の店でも、モバイル化の波には逆らえないのが現状だ。