外食の潮流を読む(34)養老乃瀧「映像居酒屋 ロボ基地」が模索する大衆居酒屋チェーンの未来
「養老乃瀧」は私を外食産業に目覚めさせてくれた居酒屋チェーンである。その最初の出合いは、1975年の夏、青森の高校3年生であった私が、東京で就職していた兄の下宿に居てテレビを見ている時であった。鎧兜(よろいかぶと)の戦国武将が馬にまたがり草原を疾駆した後、馬を止めるとこう言った。「養老乃瀧、目標2000店!」(このくだりは日本食糧新聞社発行の自著『外食入門』の32ページに詳しい)–これがチェーンレストランという存在を知った端緒である。その後、大学生となって住んだ町、西武新宿線鷺ノ宮駅の近くには百貨店勤務から独立開業したという30代店主の養老乃瀧があって大変お世話になった。養老乃瀧は料理の品質がいつも同じで、お会計が安心できた。つぼ八、和民、白木屋といった居酒屋チェーンがしのぎを削ることになっても、養老乃瀧は私にとって大衆居酒屋の象徴であった。
養老乃瀧が新機軸を打ち出したのは08年12月、1号店をオープンした「一軒め酒場」である。当時はリーマンショックの後で、客数減を懸念した大衆居酒屋チェーンが続々と「270円」「280円」の低価格均一業態に参入したものだが、一軒め酒場はその路線に追随することなく独自の路線を歩んだ。それはメニューを30品目あたりまで絞り込み、1品の価格を100円台にするということであった。客単価は1500円くらいである。この客単価で酩酊(めいてい)具合に物足りなさを感じる人には「追加用火薬」という65円(税込み)のアルコールがある。こんな具合に、一軒め酒場には“外飲み大好き”の心をつかんだ独立独歩の姿勢が感じられた。
その養老乃瀧が「映像居酒屋 ロボ基地」を17年11月にオープンした。池袋西口目の前の本社ビル3階であることから「実験」が満載である。私には「何かやってくれる」という期待感があった。同店は「主に80年代に作成されたロボットアニメを放映するテーマレストラン」である。店の入り口はシンプルな自動ドアで秘密の空間に入っていくという印象を与えた。
テーブルに着くとオレンジ色のつなぎを着た女性スタッフが、「ここは戦士たちが心を癒やす場所」だという。テンション高く同店の楽しみ方を説明してくれて一生懸命さが伝わってきた。店内にはスクリーンがあって、そこにはロボットアニメがアトランダムに投影されている。実はこれがメーンなのではなく、ロボットアニメは同店の中に入った客が自分のスマホで楽しむという仕組みである。同店に居る限りいくらでもロボットアニメを楽しむことができる。
ここでふと思う「養老乃瀧は果敢に挑戦している」と。アニメというコアなファンの世界の中でさらにマニアックな領域にチャレンジする理由、アニメの内容をなぞった同店限定のメニューなど、唯一無二の存在を訴求している。ここは「新しさ」の店ではなく、新時代を模索している店である。大衆居酒屋のマーケットが激しくシュリンクしていくことは自明な昨今。大衆居酒屋という機能の存在意義を問うものと感じた。今は「実験の時代」なのである。
(フードフォーラム代表・千葉哲幸)
◆ちば・てつゆき=柴田書店「月刊食堂」、商業界「飲食店経営」の元編集長。現在、フードサービス・ジャーナリストとして、取材・執筆・セミナー活動を展開。