榊真一郎のトレンドピックアップ:うまい!だけがおいしさのすべてじゃない
表参道の一番原宿駅寄りの交差点近くにイタリア料理店がありました。「ラ・ラナリータ」…カエルのお嬢さんという意味のイタリア語だったと記憶します、この風変わりな店名のいわれ。ミラノではそこそこ有名な店だったらしく、一五年ほど前にアサヒビールが提携し日本に持って来た。今でこそ飛ぶ鳥落とす勢いのアサヒビールだけど、当時はまだ「そこそこ程度」のビール会社で、だから本業の充実よりも「外食という文化の中で生き方を試行錯誤」することの方が居心地が良かったような企業風土だったように思い出す…。そうした戦略の一つがイタリアンレストランの経営というベクトルを生んだのでしょう。
そうそう、そう言えばスーパードライなる現在の化け物商品の試飲に、たまたまコノ店を利用していた時に出くわしたコトがある。オッカナビックリだった…、「こんな炭酸っぽいビールなんてどうなんでしょうねぇ?…」、なんて販売員がかなり心配げだったのを思い出すネ。
今、この店がまだあるかというと、もうないね。
本業でタップリ売上を上げ利益を出して、多分、必要ないのでしょうね。本業の方が随分楽しくなったのに違いない。昨年に閉店し、後には「プーマ」が日本初の路面店を出している。まあ時代の趨勢を十分に感じさせる諸行無常ではある。…が、今日はいたずらな思い出バナシではありませぬ。
この店に行くと必ず頼んだパスタがあった。
どれも、そこそこにうまく出来た料理ではあったけれど、中でも「サーモンクリームのファルファリーネ」なる一品がとてもヨロシイ逸品で、気に入っていた。お気に入りを通り越して一ヵ月に一度は口に運ばなければ気が違ってしまいそうになる程に気になっていたから、かなりフリーク入っていたのかもしれない。それ程、印象的な料理であった。どこが…。
リボン型の、あるいは蝶ネクタイ状のパスタとスモークサーモンをクリームで和えるという料理で、結構色々なトコロで提供される定番的なモノなのであるけれど、ココンチのはチョッとしたギミックが加わっていて、何かというと「トビッコ」である。魚の玉子の例のプチプチした奴ですな。…それを仕上がり直前にパラパラとやっているワケ。で、これが口の中に入れると賑やかに弾ける。
そもそもパスタという料理が日本人に受け入れられた最大の理由といえば、多分「歯ザワリと口アタリ」にあるんじゃないかとボクは思う。だから数多いパスタの中でもニョッキのように歯応えのないモノは人気がない。それがどんなに美味しいソースを纏っていたとしても…。日本人はパスタを食べるのでなく、アルデンテを食べている…そう言ってもいいんだろうネ、絶対に。
アルデンテでクニュクニュ感旺盛な麺にネッチリ絡みつくクリームに時折、歯応えを与えるオニオン(プラス)ハラリと舌の上で崩れる鮭の切り身…だけでも十分に美味しいのにプチプチが舌先、あるいは歯の間で騒がしく駆りたてるんですな、…美味しいぞとワタシ達を。味覚という点では別になくともよいのだろうけど、なければないで寂しいんだろうなぁ。…そういう事象を僕等はアクセントというんだろうな。で、この店のトビッコは正しく一つのアクセントであった。…もう店はない…アア、サミシ。
実は、コノ騒々しいほどに美味しいアクセントを思い出したのにはあるキッカケがあり、それは「NOBU」の名物料理の一つ「ズワイのマヨネーズ焼き」を食したこと。ズワイ蟹の脚肉を鉄板に並べマヨネーズとハラペニョソースをかけてオーブンで焼き上げるものなのだけれど、多分それだけでも十分に美味しいコノ料理に彼等はトビッコをパラパラかける。ウマイね。…フンワリした蟹肉の食感を引き立てる工夫。フンワリの反対側にプチプチがあって、その反対側の食感を突きつけられるからこそ際立つフンワリという本来訴えたかった美味しさが一二〇%のパワーを持ってボク達に迫ってくる…、そんな料理。
ボクは帰ってその次の週末にちょっとした実験を試みた。トロロを擦って玄米御飯にかける時、トンブリをパラパラ振ってみた。コレまた十分に旨かったネ。ウマイコトしたって舌鼓打つ美味さ。もっと豪奢を気取るなら、キャビアでもよかったろうし。あるいは数の子をほぐしてみても面白かったかもしれないし…。何よりそうした想像力をかき立てる…騒がしさは口の中のみに在らず…というトコロでしょうか?…オゴチソウサマ!
((株)OGMコンサルティング常務取締役)