だから素敵! あの人のヘルシートーク:写真家・画家・西川治さん

2002.11.10 87号 4面

NHK『男の食彩』、日清フーディアムセミナーなどで、ダイナミックな、これぞ男の料理の真骨頂を披露してくれる西川治さん。料理人・写真家・文筆家、そしてここ15年は画家でもある。クリエーティブの材料はあくまでも地球を舞台としたフィールドワーク。食の好奇心おもむくまま、馬に乗りラクダに揺られてきょうも行く。その原動力、そしてディープな韓国食ルポの新刊取材周辺を、じっくり聞いた。

‐西川さんの食の探求は守備範囲が広いですね。ジャンルでくくることができません。

和食なら和食だけを追求していくのが普通なんだろうけれど、僕の場合それより世界中のいろんな所へ行って現地の食を味わいたい。味覚の向こうに人間的な何かを見たいというか、民俗学的なことに好奇心が強いですね。

キッカケは二八歳の時。『マミネット』という猫の写真集が当たって、当時の僕にしては大変なお金が入りました。そのお金でヨーロッパに行っていろんな物を食べ歩いて…。世の中にはこんなにおいしい物があるんだと知ったのが、事始めです。猫からもらったマンションが買えるくらいのお金を、一年で使ってしまった。

それから三〇カ国くらいを回りました。世界を回ると結構「主食が肉」という国が多いですね。ヨーロッパももちろんそうだし。そういう肉食文化の国では内臓から血液まで動物のあらゆる部分を食べ、まず捨てることはしない。例えばモンゴルの羊。心臓のところを五センチくらい切り割いて、そこに手を突っ込んで動脈をスパッと切る。即死です。それから一時間もかけないで、あっという間にバラバラにしてしまう。日本人が魚をさばくみたいにね。ゆでた肉に塩をつけただけのものを現地の人と車座になって食べたけれど、ものすごくおいしいんだ。大草原の草だけを食べて育った羊だからでしょう。

面白いことに肉というのは一回食べたら、なかなかやめられない。韓国だって昔は仏教の国だから禁止していた。しかしモンゴルに攻められ肉食を経験した後は、禁止令が何回出ても効果がなかった。中国・韓国とも肉の食べ方も保存の仕方も日本とは全く違う。海一つ隔てただけで不思議ですね。日本は肉食が始まったのは明治になってからだから、肉料理の歴史は浅いし未熟といえます。内臓料理など研究するともっと面白いですよ。

‐最新刊『食べまくり 韓食韓菜大全』には、一〇〇〇食以上の料理、七〇〇点以上の食の写真が登場していて圧倒されます。

戒厳令があった頃から通ってたので、取材期間は長いですね。僕は韓国の食が、世界的に見て健康面においては一番じゃないかと思う。まさに薬食同源。一般的には「韓国といえば焼き肉」と思われがちです。実際は野菜も猛烈に食べる。日本人の四~五倍は食べています。レストランに行くと小鉢に入った料理がたくさん出てきて、その大半は野菜の料理、それからキムチなどの発酵食品。また日本だったら肉や野菜を単純なしょうゆダレで食べるところ、ヤンニャムというタレを使う。ニンニク・ゴマ油・ネギ・コチジャン・塩辛類とかいろんなものを刻んで和えたもので、とても複雑で豊穣なんです。

中国も薬食同源だけれど、もっと味覚追求派。とんでもないことまでやるでしょう。中国やフランスの料理はおいしくて、ある種享楽的な部分がある。韓国はそのずっと手前で止まっている。食べられる物は草から何からあらゆる物を食べています。保存の発想から生まれたキムチには、ジャガイモとカボチャ以外はみんな使います。

それはある意味、貧しかったからです。ヨーロッパもイタリアなどは貧しかったからこそ生まれた工夫がたくさんある。そこがフランスなどは違います。イギリスみたいに植民地がいっぱいあってお金持ちが多い所は、ステーキさえ食べていれば満足できた。アメリカにしても最初はいろんな所の人が来てそれぞれの地域の料理を作っていた。でも経済的に発展したら牛肉がいくらでも手に入るようになって、食文化がすたれていった。

一枚のステーキを六人で食べようとしたら、スープにするとか細かく切るとか、そこに料理の工夫が出てくる。これが大事なんだよね。もちろんむちゃくちゃ貧しかったら、余裕もないし料理だってまずい。文化があって貧しいと、そこには工夫がある、健康に長生きできる食が生まれるんだと思う。

‐世界各国、おいしい料理の法則みたいなことはあるのでしょうか。

おいしいと感じる料理には、必然性ということがある。僕は普通は甘い物は苦手だけど、時においしいなと思う。料理そのものの糖分が少ないヨーロッパにいる時です。日本料理はお砂糖を入れているし、おコメをたくさん食べる。コメというのはいってみれば糖分の固まりで、食べて時間がたつと血液に糖分がいっぱい入ってくる。ところがヨーロッパの料理は肉とか野菜が主体、パンを少ししか食べない。だから最後に糖分を補うためにデザートが必要なんです。

また料理と人間の間には相関関係みたいなものがある。こっちが非常に健康でおなかがすいていたらどんな物でもおいしい。イヤなことがいっぱいあったり体調が悪かったりしたらどんな物を食べても多分おいしいとは思わないでしょう。だから家族に一番おいしい物を食べさせられるのは、どうしたってお母さんのはずです。プロの料理人は相手のことを知らないから限界がある。食べてくれる相手のことを知ることがおいしい料理を作る一つの条件です。ものすごいお金持ちがものすごいコックを雇っても、そのコックが食べる人のことを全然気にしないで料理のことばかりに目を向けていたら、本当においしい物は作れません。顔色を見て「疲れているようだから」と酢を使ったり、そういうことが大事ですね。

それから意外性という要素も必要かもしれない。自分で作るとすでにイメージがあって味が分かってるのでつまらない。毎日料理を作っている奥さんが、時には自分では食べたくなくなる時があるけれど、それは自分の味を知っているから。子供たちやだんなさんにはおいしいはずです。

‐写真一本三〇年の西川さんが、五〇歳にして絵も描き始めたのはどうしてですか。

那須に家があって毎夏行きますが、たまたまその夏は雨ばかりでした。テニスをしたり息子たちと野山に行って遊んだりできなくて。ふと部屋を見回したらイーゼルや油絵のセットがあった。その前の年に草原で絵を描いている人を撮影した後、「こんな重たい物、持って帰れない」とスタイリストが置いていった小道具です。その時は「僕がもらったって…」と言ったんだ。もちろん油絵を描くのは初めてだし、絵を描くこと自体も高校卒業以来。それが描き始めたら面白い。何枚も一気に描いて。次の日には調子に乗って東京にいた助手に電話して「おい、ちょっと一〇〇号のキャンバスを買ってこい」って。畳一畳より大きいくらいかな、これがまた面白かった。東京の自室にもイーゼルを置くようになって、一五年間で八八〇枚ぐらい描いているでしょうか。三日に一枚ぐらいですね。

写真は対象物以外のものは絶対撮れないでしょう。絵は同じ人間の顔を描いても自分の思いみたいなものが出せる。もちろん写真も足し算したり引き算したりして主観は盛り込む。でも限界はある。やはり写実です。それを何十年もやってきたから違うものを描いてみたかったんだよね。イメージで描きたかった。一瞬にして構図から何から決めなくてはならない写真の訓練で、フレームの中の対象をあらゆるアングルから見るクセはついています。だから絵を描く時も瞬時に構図は浮かびます。

‐ワイルドなフィールドワークをこなすため、食事やトレーニングはどうしているのですか。

昼食は仕事中だから一品のことも多く、わりと雑です。夜も週の半分くらいは飲みに行く、あまり正しい食事とはいえません。その分、朝は必ず家でちゃんと食べる。起床は6時、そのまま一時間か一時間半、絵を描いて。だから朝食の時は当然おなかがすいています。味噌汁に焼き魚、野菜に香の物にご飯。しっかり食べますね。

それからお風呂に入り、10時から一時間半ジムでトレーニングして事務所へ、本業の仕事に入ります。トレーニングはもう一〇年くらい、年間三〇〇日を習慣にしています。調子のいい時は思い切り、悪い時は軽く済ませます。おかげさまでカメラマン仲間はみな腰を痛めているんですが、僕はありませんね。

実際の現場での撮影は、なにより体力が勝負。モンゴルでは荷物を背負って馬に乗って半日かけて移動しました。モロッコではラクダに乗って一週間。途中でしんどいなと思って止まってしまったら、そこから先の写真は撮れない。馬に乗っていて、馬も疲れてきて、そのまま馬上から撮った。そうしてラクして撮ったものは、それだけのものです。疲れていると「もういいや」と怠け心が出てくる。体力と気力両方が必要だけど、気力のもとは体力。根性だ! といっても体力がなければ成り立たない。体力あっての根性です。

また、カメラマンは現場に対応しなければ仕事になりません。相手に不愉快な思いをさせないでいい写真を撮るために、その場その場で一番いい方法を目いっぱい考えます。最初に断るか、取りあえず撮って了承を得るか、この人にはどう言ったら分かってもらえるか。そうした気配りするための気力を保つのも体力、ひいては健康。いい仕事をし続けるために維持していかなくてはならないですね。

◆プロフィル にしかわ・おさむ

1940年、和歌山県生まれ。早稲田大学中退。写真家・文筆家・画家として活動しながら、NHK『男の食彩』に出演するなど、ダイナミックな料理人としても有名。著書は、『朝食365日』『西川治のパスタノート』『イタリア半島「食」の彷徨』など多数。

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