コロナ後-動き始めた海外焼肉店 「米国ニューヨークTORAJI 1号店」
◆1号店は国連ビルと中央駅(グランド・セントラル・ターミナル)の中間に開業 「NYで一番の牛肉」で、業績右肩上がり
リスクはチャンス–コロナ禍というリスクを背負いながら、マンハッタンのテナント探しに自転車で走っていたのがトラジの金社長である。米国進出は10年前から思い描いていた。食のメッカ、ニューヨークで自慢の焼肉で勝負したい–外食経営者としての夢は、2021年8月、実現した。1号店の売上げは右肩上がりに伸びている。それでも、トラジのアメリカン・ドリームは見果てぬ夢、挑戦は始まったばかりだ。(シンポ海外事業部)
●課題1:開業場所 中央駅まで5分の地の利、集客に効果
トラジ1号店が面している「イースト・43ストリート」は、東に進むと国連ビルにぶつかり、西に歩くとグランド・セントラル・ターミナル、(以下「中央駅」)にたどり着く。いずれも歩いて5分もかからない。(写真1参照)
約5000人が働く国連ビル、郊外からの鉄道が集結する中央駅。南北を走るレキシントンアヴェニューや3番街には弁護士や医者、会社経営者が多く住む。付近のワンルームマンションが60万ドル(約8000万円)もする。
グルメ都市マンハッタン島に住む人は、評判の良いレストランを探し出しては職場からタクシーで出かけ、仲間と語り合う時間が日常生活の核になっている。中央駅が近ければ、郊外から通っている仲間を誘いやすく、外食後の帰宅列車も歩いて10分で乗車できる地の利がある。
土曜日夜7時に来店したジエスパーさん(30歳、アジア系男性)は、「友人の女性が3年ぶりにNYに戻ってきたので仲間4人で歓迎会を開いた。食べ歩きの人気ブロガー(中国系女性)が、この店をほめていたので、来店した。ブロガーのいう通り和牛がおいしかったが、この店が友人を呼びやすい場所にあるのが良かった。友人の多くが郊外に住んでいるので、中央駅に電車1本で来られるのがありがたい」と、初来店の理由を教えてくれた。
金社長の狙いどおり。自転車で走って、マンハッタンのテナント探しを10年間続けてきた努力が、金氏の集客の眼力を磨いた。
4、5、6月は、近くのニューヨーク州立大学やコロンビア大学の学生が、卒業・就職祝いで来店した。これも郊外に住む学生たちにとって集まりやすかったのも理由の一つだろう。
周辺のマレー・ヒル地区は、レストランが軒を連ねる飲食街ではない。フランス料理店、メキシコ料理店、米国ファストフード店も多くはない。国別で見ると、日本食が一番多い。すし店はもちろんのこと、高級居酒屋、ラーメンなどの専門店がそろっている。
「不思議なことに焼肉店だけは、日本式も韓国式も、1軒も営業していない。日本で普通に食べられる高品質牛肉、本格焼肉へのニーズが、国連ビルと中央駅に挟まれたマレー・ヒルには、間違いなく存在すると読みました」と金社長はテナント選びの理由を明かす。
●課題2:店舗設計 明るい和風モダンで、なごみ感を演出
床面積186平方m、天井高さ5mの店内は、細い棒を縦横に組み重ねた格子を基調に、明るい和風仕立てになっている。ダウンライトで浮かび上がった木調が、穏やかな光の仕切り面になっている。まるでリビングルームでくつろいでいるような、なごみ感に溢れた店内が、全面ガラス張りの外壁を通じて、歩行者の目を引き寄せるようになっている。(写真2参照)
「一緒に焼いて食べるから、話も弾むのです。この、焼肉ならではのなごみの雰囲気を、ニューヨーカーに知ってもらいたかった。全面ガラス張りにしたのも、照明を明るめにしたのも、それが目的でした。店の前に立ち止まって、スマホで検索している人をよく見かけます」と、金社長は店舗設計のコンセプトを話す。
和風でも、重く、堅苦しい雰囲気にはしたくなかった。伝統の格式より、和の温かさ、やわらかさが、マンハッタンに合っていると、10年間磨き続けてきた五感で嗅ぎ取った。グルメ都市の風を全身に浴びながら、走り回ってきた金社長ならではの決断である。
「オープンキッチンにしたのも、料理する楽しさで店内をいっぱいにしたかったから。これはすし店では当たり前になっているが、作る人と食べる人の境を無くして、食を楽しむ気持ちがつながるようにした。より一層、おいしく食べていただける雰囲気になるはず」と、厨房・客席一体の狙いを打ち明けた。
●課題3:現地要員 経験豊富な店長、シェフ、接客を確保
海外進出先でもっとも難しいのが腕の良いシェフを見つけることだ。トラジ1号店の場合、幸運なことに、以前日本のトラジ店で働いていたバングラデシュ人の社員がマンハッタンで働いていたので、再就職してもらった。
「自分のキャリアをアップさせたくて東京からニューヨークに転職しました。でも、トラジなら金社長が社員をいつも大切に考えてくれる居心地の良い職場なので、また一緒に働いても良いと思いました」と総料理長のモハメド・ラキブ氏(写真3/左)は笑みをこぼした。
店長の廣井健史氏(32歳、写真3/中央)は、「金社長がいつも、社員をリスペクトするようにと、繰り返し指導してきました。社内の地位が下だから、上から目線で接するのではなく、同じ一人の社員として対等、公平な仕事関係に努めようということです」。
この「リスペクト」の考え方は、廣井氏がクアラルンプール店で店長を務めていた時にも、大いなる助けになったという。「クアラルンプール店でも、ここニューヨーク1号店でも、職場の人間関係はフラットです。日本のような上下関係は薄いので、一社員としてリスペクトするトラジの社風はぴったりなのです」と廣井店長は確信する。
フロアマネージャーには、ニューヨーク在住20年の麻純氏が就いている。米国の飲食店での経験が豊かだ。「店内を見て自分にピッタリだと直感しました。トラジは向上心の塊。この街で一番の焼肉店にしたい」と抱負を語る。右肩上がりの好業績はどこまでも続くはずだ。
【写真説明】
写真4:Manuel de Joya氏(写真左3人目)は、合気道の仲間6人を連れて来店。「オープンテーブルで見つけた。合気道の師範の葬儀参列のためNYに集合。全米各地にみんなが戻る前に、焼肉で元気をつけようということになった」と言う
写真5:Miya氏(写真左端)の誕生日をご主人(右隣)と彼の家族3人で祝うために来店。「NYで一番おいしい焼肉が食べたいのでトラジを希望し、主人に頼みました。日本人なので、お祝い事は焼肉で盛り上げたい。みんな牛肉がおいしいと満足しています」とMiya氏