欧州の美食市場に挑む富山の「21世紀干し柿」

素朴だが濃厚な甘みと独特の食感で古来日本で愛されてきた干し柿。その中でもブランド干し柿といわれるもののひとつが富山特産の「三社柿の干し柿」だ。
富山県南砺市の東太美干柿委員会では、この三社柿(さんじゃがき)の干し柿を使い、干し柿産地における課題であった「販売できる時期が限定される」「現代の住環境では長期保存が難しい」「販路が限られている」といったことをクリアする、新しいかたちの干し柿『賽子(さいころ)』を開発した。

ブロック形の美しさが印象的な干し柿加工品「賽子」

「21世紀干し柿」と銘打って2019年春から販売が始まった『賽子』を、筆者が手にしたのは同年8月。通常なら干し柿が最も品薄になる時期だ。ただ、蒸し暑い日本の夏には干し柿の食味は合いにくいことや、「柿は秋のもの」というイメージもあり、正直それほど期待はしていなかった。

新しいかたちの干し柿『賽子(さいころ)』(写真提供:東太美干柿委員会)

ところが、パッケージを開けたとたん、まずそのビジュアルに瞠目することになる。レンガを思わせるずっしりとした質感と焦げ茶に近い橙色の中に浮かび上がる白い線が織りなす不思議な模様。美しさのインパクトから味への期待が一挙に高まった。

レンガを思わせるずっしりとした質感

三社柿の干し柿の特徴を生かしつつ長期保存を可能に

『賽子』は、南砺市の特産である三社柿を用いた干し柿を原料に、へたや筋、種などを取り除いて圧縮し、1個700g~750gのブロック状に固めた商品。長期保存が可能で、三社柿の干し柿が出回らない時期も含め、通年販売される。

干し柿の加工品としては、岐阜名産の柿羊羹のほか、最近では『賽子』と似たタイプの商品もできてきた。しかしながら1個の重量がこれほどある商品は珍しい。

大きなものでは1個350gにもなるという三社柿(写真提供:東太美干柿委員会)

閉園した東太美保育園の建物を南砺市から借り受け、『賽子』をはじめとする三社柿の干し柿の加工品を開発・生産している東太美干柿委員会の代表・鵜野宏嘉さんによれば、「三社柿は渋みが強く緻密な肉質の大きな渋柿です。これを丁寧に干し、「手揉み」といわれる伝統技法を加えることで肉厚でしっとりした味わいの干し柿になります。この肉厚な干柿でないと『賽子』のような形状には作れません」とのこと。

重量のあるブロック形は、干し柿自体の大きさ、厚みなどを生かしたスタイルだったのだ。

三社柿の味わいを凝縮させた干し柿(写真提供:東太美干柿委員会)

プロユースの食材としても魅力が大きい

根強いスイーツブームの中、「やはり国産のものを使って欲しいという思いがあります。それこそ日本の技の見せどころだとも思いますし。若い世代や日本を訪れる海外の方にもさまざまなシチュエーションで日本の伝統食品を知って味わっていただきたいですね」と鵜野さん。

そのような思いから、『賽子』についても、「薄切りにして辛口白ワインとともに」といった味わい方の提案も行っている。

多彩なアレンジが可能な形状に(写真提供:東太美干柿委員会)

同時に、「飲食や製菓業の方たちがイメージをつかみやすいように1ポンドの業務用バターと同形状にしています」とも。

実際、この大きさだからこそ、ダイスカットでそのままおつまみに、薄切りにしてチーズやバターをミルフィーユ状に挟む、拍子木に切って天ぷらやフライに、など多彩なアレンジが可能。冷蔵で2ヶ月程度日持ちすることもあり、インパクトのある素材を探している食のプロにとっても魅力的な素材といえるだろう。

以下は、筆者が使った一例。

ブランデーと合わせて

ブランデーや白ワインに漬けてから使ったため、残念ながら独特の模様が見えにくくなってしまった。模様を生かす使い方を考えたい。

白ワインベースでマリネした「賽子」と、そのマリネ液を加えたムース

伝統食品の多彩な可能性に注目

また、『賽子』は開発時から、EUへの輸出を目標としている。ヨーロッパではキャビア、トリュフなど黒い食品に高級なイメージがあるため、東太美干柿委員会では、三社柿の干し柿でこの「黒いグルメ食材」の仲間入りを目指しているのだ。

「ただ現状、『賽子』はロースイーツの部類になり、HACCP認証が取れないことがネックになっています。その課題もクリアできるよう、委員会で現在研究しているところです」と鵜野さん。

伝統食品の製造法や地域に根ざしたテイストを大切にしながら、新しい形に再構築した商品を開発することは、地場産業の活性化、日本ブランドの強化にもつながる。『賽子』の試みは、ともすれば先細りとなりがちな伝統食品の未来を切り拓くだけでなく、新しいビジネスチャンスを内包していると感じた。(フードライター・料理研究家 松本葉子)

取材協力:東太美干柿委員会  公式ツイッター https://twitter.com/higashihutomi

『賽子』DATA
原材料名 南砺市産三社柿
形状 1個700~750gの直方体
価格 3510円(税込)

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