だから素敵! あの人のヘルシートーク:映画監督・渡邊孝好さん
このゴールデンウイーク、思い切り元気をもらえそうな映画を紹介したい。静岡県に実存する無敵のおばあちゃん劇団『ほのお』をモデルにした『ぷりてぃ・ウーマン』。淡路恵子さんら7人の女性たちの撮影現場は、さながらドキュメンタリーに負けないパワフルぶりだったようで。監督の渡邊孝好さんに、その裏話をじっくり聞いた。
今回の映画は、テレビ番組の『ニュース23』で、静岡県清水の劇団『ほのお』のドキュメンタリーを観たことがキッカケです。何百回と公演している“引退興行”でね。「今回が最後の公演」と言って毎年続けているという(笑)。その二五周年記念公演の舞台の全貌とメンバーたちの日常を追っていました。芝居はアドリブだらけで、自分の家族の面白話をそこで言っちゃったりして、大ウケしていた。演じているのか、茶飲み話をしているのか。そういうの、面白いでしょう。家族は最初は「恥ずかしいからやめてよ」と反対していたけれど、あんまりおばあちゃんたちがイキイキしているので、段々理解するようになっていく。二五年の間には当然亡くなる人もいる。茶飲み話をしているようで、実はやはり人生を語っていて。僕は感動しましたね。これを映画にして、みんなに観てもらいたいと思ったんです。
この話に限らず、高齢者に対して「年を取ったんだから、もう引退してどうぞ縁側に座ってのんびり暮らして下さい」と言うのは、優しさの半面、「妙なことはしてほしくない」という意味もあったりする。でも人間、一〇〇歳だって一五〇歳だって、生きている限り現役で進行形です。もちろん寿命はあるけど、その寿命が来るまでは現役なんです。
おばあちゃんたちが団体で出てきて、黙っていないしどんどん行動する。こういう話はなかなかなかった。たくさんの女優さんを撮ってきた僕だけれど、六〇年、七〇年と生きてきた人たちは、歴史が違います。恐いものなしです。女優さんは普通、綺麗なところしか見せないけれど、今回は自分のすべてを見せましょうという開き直りがあった。劇団リーダーの葵さん役の淡路恵子さんは、ほとんどスッピンに近い状態です。「監督、どうぞ私を撮って下さい」と自分をさらけ出してくれる人を撮るのは魅力的です。だからこそ、綺麗な時は綺麗に撮ろうと思います。
現場は、みんなが本を、自分の役どころを気に入ってくれて、すごくいいチームになった。みんなが主役で、みんなが脇役の物語で、実人生なのか、役の上での人生なのか、分からないぐらいに和気あいあいとしていました。待ち時間はしゃべりっぱなし、もうにぎやかで。スタッフの男性の人気投票なんかしていた。表向きは「監督が一番よ」なんて言いながら、違うんですよ。僕はなごみ系、傷つくといけないからそう言ってるだけなんだ。本音は、カメラマン助手のかっこいいヤツがナンバーワンだったらしい。やっぱり女優さんたちは色気を感じる力が強いんです。
最初は体力のことを考えて、少しケアしなければいけないだろうと心配していたけど、皆さんのほうが元気で。あのエネルギーは何でしょうね。女優業を長くやってきている人たちなんで、ロケ弁当にも慣れていて自分の食べたいものだけピックアップする、足りなければ補助食品を用意するなど、自分の体調管理の方法も心得ています。オフの日にはみんなで温泉に行ってお酒を飲んだり。映画のグループと同じようなお楽しみ会が、日常でも続いている。ある意味では傍若無人、人の迷惑顧みずで、てんでに自分の主張をしているんだけど、僕にはそれがチャーミングに思えましたね。
女性は小学生の頃から派閥ができるでしょ。その辺もどうかなあと思っていたけれど、いやあ上手ですね。昼の撮影の時は映画の役と一緒で「葵さん」がリーダー、夜になるとお酒が好きな正司照枝さんがリーダー、まあ裏番長ですね(笑)。みんなで行動しながら、ある程度たつと「私は疲れたわ」と言って勝手に帰る人もいて、無理したり遠慮しながらつき合ったりすることはない。そういうチームワークです。
いっぱい涙も流してきたし、ツバも飛ばしてきた。粋も甘いも経験してきているから、裏打ちされた強さがある。うまくやっていくための知恵も持っている。人生のベテランなんですね。
清水のロケは、二回にわたって全体では二〇日ぐらい。漁港だし、魚がうまいだろうと思ってたけど、これはそうでもなかったな。うまかったのはギョウザ。その店の主人は、昔漁師をやっていたが、止めてギョウザ屋になっているんです。「おれは魚は詳しいよ。魚は清水より東京だよ」と。いいものはみんな外に出ていってしまうんだそうです。それから焼き鳥屋さんが多くて、そういう店で出す「モツカレー」というのがおいしかった。臓物の煮込みというのは、普通しょうゆ味かみそ味でしょ、それがカレー味。最初は「あれっ」と思ったんだけどね。
おばあちゃんとその娘さんだけでやっている店で食べた、トマトと枝豆も旨かったな。「冷やしトマトがあるよ」と言って何のてらいもなく、ただぽーんと出るだけですけど。この地のトマトは映画の中にも出しました。あと鶏のカラ揚げ。比内鶏だなんだじゃなくて、普通の鶏なんだけどシンプルでやたらうまくて。もも肉の塊を四つ割にして、衣はつけないでね。時間をかけてジワーッと揚げて、味付けは塩がちょっと振ってあるくらい。自分のところで飼っていて、新鮮で健康だからおいしいんだって言っていたけどね。
仕事をしている最中は、いろんな人と接しなければいけないからエネルギーはかなり使います。人と接することで精神的に刺激を受けているので、一日たつと肉体的には疲れるけど、心は逆に元気になっているんですね。でも撮影は思い通りには絶対いきません。そういう意味ではストレスがいっぱいたまります。だから夜はそういうストレスを発散する意味と身体を癒す意味で、お酒を飲みます。昼間の失敗などを次に持ち越さないように、切り替えるためにね。
最初はみんなでワイワイ飲んで、それがリラックスの第一段階。最後は一人でボーッと。仕事による身体のストレスと心のストレスが一致しないようにするのは大切です。
青い空が撮りたいのに雨が続いている時、それはイヤになります。でも発想を変えて、雨でもいい場面を撮ったり。ダメならダメでクヨクヨしないで待つようにしたり。先輩監督のやり方を見て、学びましたね。例えば鈴木清順監督。六〇幾つの時に僕は出会っているのだけど、最初から「生涯おじいさん」みたいな感じで。「ダメなものはダメなんだよ。なるようにしかならないじゃないか」と飄々と達観してられる。
その背景にはもっと深いものがあると思います。戦争体験として死というものを間近に感じた時に、「あがいてもしょうがない」という、いい意味での開き直りがあったんでしょう。カッカッカッと笑う鈴木さんの姿勢が、僕はとても好きです。
そういうすごい先輩がおられますからね。何かに出会うとすぐ映画にすることを考えている自分がいて、年をとればとったで、時間がたてばたったで、また新たな興味がどんどんわいてくるでしょう。僕もそういう感じで、生涯現役でやれるんだったらやってみたいと思います。
◆プロフィル 映画監督 渡邊孝好さん
わたなべ・たかよし 1955年、京都府出身。77年神田美術学校・映画技作工房で鈴木清順監督に師事。鈴木清順、大森一樹、藤田敏八監督らの助監督を経て、89年『君は僕をスキになる』で監督デビュー。同作でコミカルなセンスが評価され、以降多くのコメディー映画を手掛ける。94年『居酒屋ゆうれい』で日本アカデミー賞優秀監督賞、山路ふみ子映画賞などを受賞。また、『君を忘れない』(95年)など青春映画やミステリードラマなどコメディー以外の作品にも才能を発揮している。そのほかの作品に『香港大夜総会』(97年)、『ショムニ・映画版』(98年)などがある。