低価格時代の外食・飲食店 「かに道楽」カニ看板に国内で最大
昭和35年、今から三七年前になる。大阪・道頓堀に当時としては珍しい魚介料理の店「千石船」を開設した。翌年の36年にはカニの凍結冷凍保存に成功し、一年中提供することが可能になる現在の看板料理「かにすき」を商品化、これにともなって37年に同じく道頓堀(戎橋筋)に「かに道楽」の第一号店(現本店)をオープンした。高さ三m、幅七mのカニの脚が動く電動式の巨大な看板も取り付けた。これは現在はさらにビッグになって「通天閣」と並ぶ大阪の街のシンボルになっている。“食い倒れ”で新しいもの好きの浪速ッ子もドギモを抜かれ、店は新名所になった。そして、昭和38年には京都に、四〇、五〇年代に入っては名古屋、広島、岡山、松山へと進出していった。この間の39年にはイセエビ料理の新業態「えび料理」を道頓堀に開店した。関東市場の拠点となる東京(現赤坂店)にも昭和49年に進出を果たし、着実に全国展開への道を歩みだした。日本海のおいしい松葉ガニを都会の人間に、全国に広めていきたいという創業者の故今津芳雄氏の一念が、着々と企業の発展と市場の創造を可能にしてきたということだ。しかし、これは単にビジネス(商売)追求のことばかりではない。家業の旅館経営を基盤にした“家族主義”と“おもてなしの精神”が、大きな原動力となって企業を存続させ、成長させてきているのだ。
店舗数五八店、売上高二三〇億円(前年比六%増)。これは九六年度(3月期)の実績だ。日経流通新聞が毎年実施している「飲食ランキング九六年度」(二五〇社)では六五位の位置にあり、さらに売上げが拡大し、上位にランクされていくのは確実だ。
しかし、同社は長期的なビジョン、会社が進む方向を定めていても、ファストフードやファミリーレストランのように、「出店計画」にとらわれることはない。
チェーン展開であれば、大量出店することにおいて、食材や消費財の仕入れにスケールメリットが出てくるのは事実だが、店舗の出店は地域のニーズや物件取得のタイミングなどとの相関関係によって、性急な「目標」や「数字」が先行することはないのだ。
「私どもの店は一〇〇席から四〇〇席と幅がありますし、また重厚な造りの店ですから店舗コストも大きく、パターン化して単年度に何店も出していくというわけにはいきません。それにまた、料理の質とサービス(ホスピタリティー)が強く求められる業態でありますので、すべてが“マニュアル”的にとはいかない面もあるわけです」。
「ですから、有能な店舗スタッフやラインが育たなくては出店を急いでもいい結果が出せないと考えているのです」(JRI専務取締役今津久雄氏)。
かに道楽の店の客単価は五〇〇〇円から九〇〇〇円の範囲にあって、平均的には七〇〇〇円になる。価格は料理の質とサービスのよさ、すなわち客の「満足度」にスライドする性質のものであるので、単に数字だけでは高い、安いは判断できないが、しかし、客単価七〇〇〇円は消費者の一般的な外食行動からみれば、決して日常的なプライスではない。
だから、店が出す料理にも従業員の接客態度にも、また、店自体の雰囲気(アメニティー)にもクオリティーがなければ、客の支持は得られず、店の集客は失敗に終わるということになる。
「かに道楽」の企業精神は常にこのことを問い続けてきている。客のニーズ、満足度をどうとらえるか。ファストフードやファミリーレストランチェーンのようにハデさや躍動感はないが、地味でも社員、消費者に顔を向けて市場を創造し、レストラン事業と取り組んできているということだ。
“ワーカーホリック”の日本的経営といってしまえば、それまでだが、とくに飲食ビジネスは日銭商売であるだけに、ポストバブル後においても数字がすべてという空気は根強い。
「企業グランドを“お客様”“お取引先”“社員およびその家族”の“幸福創造の場”と認識し、つぎの三つを根幹とした“経営者集団”をめざす」
(1)運命共同体(大いなる仲間意識)(2)分散管理(大幅な権限の委譲による個々の個性発揮)(3)利益折半(分かち合いの精神)
これはかに道楽の企業理念だ。単なるキャッチフレーズでも、スローガンでもない。日々JRIグループにおいて実践されてきている生きた規範なのだ。
「かに道楽」は昭和9年創業の山陰・城崎の日和山観光(株)の「ホテル金波楼」(兵庫県豊岡市瀬戸)を原点に同33年、大阪にその案内所を開設したのを始まりとするが、創業者の故今津芳雄氏は、若いころは魚の行商もしていたのだという。
行商人時代に培ったおもいやりの精神、天賦の心優しい人間であったのかも知れないのだが、この精神は前記の企業理念となって受け継がれてきているのだ。
「昔の旅館経営は従業員は住み込みが普通でしたから、家族同様にチームプレーでやっていたのです。システムとかマニュアルといったものではなく、長い人間関係に裏打ちされた手作り感覚の経営です。現在でも誠実で力のある人間には、ポストを与えたり、権限の委譲、独立開業の援助を行うなど積極的に“起業家精神”のかん養に努めているのです」(今津専務)
社員、従業員のヤル気と可能性をどう支援していくか、“企業は人なり”の精神はここからスタートするといえるのだ。
社員、従業員の考え方、目的は各自異なってくるが、JRIグループでは社内企業家の道を次の三つのコースに分けている。
(1)独立自営(2)専門職でのマネージャー以上の幹部(3)地域法人(子会社)の管理職、役員など。これらは四〇歳をめどにした選択肢だが、社員独立制度は無担保・低利での資金援助をバックグラウンドにしている。
独立制度の適用はいくつかの条件をクリアしなければならないが、融資枠は二五〇〇~四〇〇〇万円で、すでに二〇人近くがこの制度で独立開業している。
JRIグループは社是で「分散管理」をうたっているように、エリア制を導入している。
ホームグラウンドの「大阪エリア」を軸にして、「関東エリア」「京都エリア」「岡山エリア」「広島エリア」「信越エリア」の六エリア。
関東エリアには大阪の本部機構とは個別に「関東地区本部機構」があり、大阪、東京圏の二大市場を二本柱でおさえるという出店戦略だ。
地域エリアの下部組織は、たとえば大阪エリアが「阪神第一ブロック」から「第五ブロック」と五つのブロックに、関東エリアは「東京第一ブロック」から「第三ブロック」「千葉ブロック」「神奈川ブロック」「浜松ブロック」の六ブロックに分かれるという具合だ。
エリアの組織体は(株)大阪かに道楽、(株)京都かに道楽、(株)東京かに道楽というようにJRI一〇〇%出資の子会社になるが、しかし、現在のところこの支社長は本体の(株)かに道楽(大阪本社)社長の今津文雄氏が兼務しており、社員からの登用はない。
単純にみれば、経営権が集中しているという印象は拭いきれないが、トップ人事までには人材が育っていないということを意味しているのか、それともトップ人事だけは身内、同族で固めていこうということなのか、今後の人事を注目したいところだ。
店舗数は今年8月末で五九店を数えるが、業態は本体の「かに道楽」「えび道楽」「ふぐ道楽」「いけす道楽」「しゃぶらく」「呑道楽」、このほか、中国料理、ビアレストラン、ラウンジ、丼専門店、ラーメン、カラオケなどと業態の多角化を進めており、立地に合わせて食の総合化を図りつつあるとの印象をうける。
企業エネルギーを拡散すれば、多様な業態開発も可能になるが、しかし、一方においては、ロスが出て、収益力を低下させるという心配も出てくる。
事実、呑道楽やテークアウトショップのいくつかはスクラップしたケースもでてきており、すべて順調とはいかない面もあるのだ。
だが、本体のかに道楽、カニ料理の分野については、国内最大のチェーンとして独走をつづけており、立ち向かえるライバル企業は存在しない。
ズワイガニ二七〇〇t、タラバガニ三〇〇t、毛ガニ一〇〇t、カニの年間消費量五〇〇万匹。これは九六年度の実績で、外食ビジネスとしては国内トップの消費量だ。
店舗への年間集客力も地域別にみれば、阪神ブロックの一二九万人をトップに、東京、神奈川ブロック九八万人、信越ブロック四〇万人、中国ブロック二〇万人、京都ブロック一九万人、四国ブロック一〇万人の計三一六万人で、根強いカニ需要があることを証明している。
しかし、カニ需要といっても九〇%近くがズワイガニが占める。仕入れコストが高くつく毛ガニやタラバガニは、メニュー単価にハネ上がってくるので、店では単品でも五〇〇〇円、一万円前後と高価格帯商品になるので、店売りの貢献度はズワイガニへの依存度が大きい。
カニは北海道(オホーツク産)を筆頭に、商社や漁業組合を経由して、ロシアやアラスカ、東カナダなどから仕入れているが、もちろん国産ものでは“良質カニ”と称されている松葉ガニを山陰の漁港からも、直接買い付けている。
これら食材はシーズンオフでも、冷凍保存され、通年での供給が可能になっているわけだ。
カニ資源の確保は自然環境や市場価格に左右されるので、良質の素材をどう安定して確保するかが、今後とも大きな課題だ。
ロシアとの合弁事業で専用船を操業させてのカニ漁は、その対策の一つだ。
カニ料理に加えては昭和58年、岡山、広島に出店した「いけす道楽」一、二号店を皮切りに、この多店舗化とも取り組んできている。すでにこの業態は今年6月、東京・吾妻橋での出店を加え五店になり、集客力の期待できる業態として育ちつつある。
なお、当面の店舗出店計画ではかに道楽が七〇店、いけす道楽を一〇店舗くらいを展開する考えで、物件が確保できれば具体化する。
人材教育については、JRBC(ジョイロード・ビジネス・カレッジ)やJESC(ジョイロード・エデュケーショナル・スタッフ・コミュニティー)など自前の教育施設で徹底しておこなっており、質の高い従業員を店舗に送り出すことができている。
マーケティングや業態開発を誤らなければ、JRIグループの将来は明るいということのようだ。
◇会社概要
・企業名 JRI(ジョイロードインコーポレーション)=(株)「かに道楽」
・チェーンブランド 「かに道楽」「えび道楽」「いけす道楽」、その他
・創業 一九六〇年(昭和35年)2月
・設立 一九七一年(昭和46年)6月
・本社所在地 大阪市西区南堀江一-五-八(電話06・539・0107)
・関東地区本部 東京都新宿区新宿三-二一-六(電話03・3350・0154)
・資本金 二〇億円
・代表取締役会長 今津信夫
・代表取締役社長 今津文雄
・専務取締役 今津久雄((株)東京かに道楽代表取締役)
・従業員 二八四〇人(うちパート一八五〇人)
・事業内容 レストラン、外商販売、フラワーショップ、アパレル、食品加工、不動産、保険、出版、教育、その他
・決算期 3月
・出店数 五九店(今年8月現在)
・売上高 二三〇億円(前年比六%増)