ああ無念!私の閉店物語:飲食業の失敗例に学ぶ
浜田好子(仮名)さんは、四三歳の普通の主婦である。ご主人は腕の良い左官屋で、一一年前から独立して仕事をしているが、この不景気の中で代金回収や工事資材の仕入れがうまくいかず苦しい経営が続いていた。一人息子が高校へ入学したのを機に、好子さんも何か仕事をしようと思い立ち飲食店のパートに出たのが昨年の春。そこでそれなりに経験を積んで、今度は念願であった夜のスナック商売へと方向転換するのである。が、悲劇はそこに起こった。今回は、スナックの常連客が店を取り仕切るようになり、出入り禁止の処置を取った時から、そのお客がストーカーとなって営業を妨害。店を閉店にまで至らしめたというドキュメンタリーである。そのため、前回に引き続き仮名とさせていただいた。
浜田好子さんは、昨年の春から近くのファミリーレストランKで働き出した。しかし、そうした大型のチェーン店で、個人経営の飲食店経営ノウハウが身につくわけではない。
ファミレスでは、まず洗い場の仕事を一ヵ月。その後、フロアでの接客サービスの仕事に就いた。勤務時間が午前10時から午後3時までなので、主にランチの仕事をこなしていたが二ヵ月も経つとつまらなくなった。「自分のやりたい仕事は、こんな仕事ではない」と強く感じるようになった。
単純労働の毎日に飽きてくると、パート仕事の帰りに駅前の不動産屋の物件情報を見るようになる。「貸し店舗」と書かれたチラシを眺めながら、自分流の店が持ちたいと痛切に思うようになったのである。
そんな時、浜田さんのもとに偶然朗報が舞い込んだ。ファミレスの社員の送別会で、偶然訪れた上大岡のスナックのママが、好子さんの中学時代の同級生であったのだ。
この偶然の出会いを喜び合いながらも、スナックのママは悲しい顔でこう言う。
「好子ちゃんと再会したのはうれしいけど、私、主人の転勤で山形へ行かなければならないのよ。このスナックは三年前からやっていて、初めはお客が入らなくて苦労したけれど、今では常連客も増えて儲かりだしたの。でも主人は遊び人だから、私がついていかないと何し出すかわからない人だから、単身赴任にはとてもできないのよ。そこでずーっと悩んでいたんだけれど、来月でお店を閉めることにしたの。駅前の不動産屋に、居抜きの貸し店舗として出してあるけどこの不景気でしょう、なかなか良い借り手が現れなくて」
その夜は、送別会ということもあり仲間が身近におり、「私、お店を探しているのよ」とは切り出せなかった。しかし数日経っても、この夜のママの話が忘れられなかった。
「あのお店は、商売の道具すべて整っている。調理器具もビール・チュウハイ機械もそろっている。内装やトイレもまだまだ奇麗。何よりも、常連のお客が多数ついている。看板と店名は替え、その他はそのままで使えれば最低限の資金でお店が持てる」こう考えて、矢も楯もたまらずご主人に相談した。
ご主人は、「どう考えても、お前に商売のセンスがあるとは考えられないな~」と最初は否定的。しかし好子さんは諦めずに何度かご主人の説得に努め、かのスナックにもご主人を伴なって二~三度足を運んだのである。
スナックのママも、好子さんから正直に気持ちを打ち明けられ、初め驚き、事情を知った後はすぐに大歓迎に転換。「この店を譲って欲しい」旨を告げられるとかえって頼もしい応援団となって、ご主人の説得まで進んでしてくれるようになった。「幼なじみの好子ちゃんなら、この店のすべて込みで安い金額で良いわよ!」とまで言ってくれたのである。ご主人も「女房がここまで言うならしょうがないや」と諦め顔。それで話は、トントン拍子に決まったのである。店の賃貸契約が無事修了した8月中旬、横浜市上大岡の飲食店ビル二階にスナック「美優」(びゅう)は無事開店したのである。
開店月は大盛況であった。特に以前のママが気が強くて辟易(へきえき)していた常連客が、好子さんの素人っぽさと優しい感じに新鮮さを感じ、我も我もと押し寄せたのである。
ところがアルコール商売というのは、酔っ払いに対してはある程度の抑止力がないと、常連客が図に乗りふざけ暴れまわり、お店の雰囲気を駄目にしてしまうものである。アルコールが入っているために、図に乗る乗り方が尋常ではなくなる。好子さんは何も知らない素人だ。水商売の経験もない。今まではお客として店に来ていたのだ。お客のこうした行動を、「しょうがない酔っ払いね」と、軽く考え見過ごしがちであった。
この常連の中に近くのスーパー店員KIがいた。初めはカラオケで歌い踊り、大げさなその姿が面白いので大いに受けた。以前のママだったら、ある程度のところで「Kチャン、他のお客様だって歌いたいんだし、それにもう深夜だから控えめにしてね」と軽くいなすところだが、好子さんはただニコニコ笑っているばかり。
独身のKは、仕事が終わればほかにすることもなく、スナック「美優」に毎日のように入り浸りはじめる。「お金がないから」と貸し売りを要求するようになるが、好子さんは、「Kチャンのお陰でお店が盛り上がるから」と、安易につけを許してしまう。そのうちに、「ママには借金があるから少しでも手伝うよ」と、カウンターにまで入り込み、皿洗いや調理に手を出しはじめる。
こうなると、好子さんもKの行動が少々鼻についてくる。日ごとに図に乗って店を取り仕切るK。ある日耐えられなくなった好子さんは、思い切ってKに告げる。「あなたはお客さんなんだから、これ以上お店に深入りしないでもらいたい」と。
Kは、意外におとなしくあっさり言うことを聞くが、お酒が入ると人が変わったようにまたもとのように店を仕切るようになる。
手を焼いた好子さんは、常連の中の一人で地元でも有名なお茶屋のご主人に相談する。「ヨシ、俺に任せておけ」とそのご主人は、顔見知りのKに「当面出入り禁止」を言い渡してくれた。それで一件落着のように思えたが、ところが翌日からとんでもないことが起こりはじめた。
露骨な営業妨害がはじまったのである。まずおすしの出前、五〇人分が営業中に届いた。翌日には保健所から、「不衛生な営業と調理をしている」と通報があり呼び出しをくらう。店に帰ってみると、お悔やみの花輪が届いていた。二~三日後には通信販売会社から、大きな健康器具が送られ、店の留守番電話には数え切れないほどの無言電話がかかってくるようになった。
たまらなくなった好子さんは、Kの勤めるスーパーに出向き本人に抗議しようとしたが、Kは既に退職した後であった。仕方がないのでスーパーの社長に事情を話したが、「居ない者の責任は取れない」と冷たく言い返される。
しばらく何もないと思ったら、深夜の帰り道でKらしき人物と出会い何も言わずに走り去る。その日から店のシャッターの下に、包丁や花火が差し込まれるようになった。警察には通報したが、「犯人の特定はできない」と言うつれない返事。背筋がぞーっと怖くなった好子さんは、ついにご主人のアドバイスで12月の繁忙期を前に閉店することにした。
常連客の好き放題を見放して、出入り禁止にして逆恨みされ、ストーカー行為に悩まされ続けた閉店物語であった。














