飲食の「シェア」は、このまま消えてしまうのか
複数の店が店舗を共同で使用したり、一つの店が時間帯で業態を変えたり、他店の商品もともに販売するなど、飲食店ではさまざまなスタイルで“シェア”を行っている。場所、時間、人、異業種とのコラボレーションなど、シェアすることで売上げを伸ばして難局をしのいでいる飲食店も少なくない。一方、店内飲食で今まで当たり前にされてきた多くの“シェア”はコロナ禍で見直しを余儀なくされている。そのことは、客が店内飲食で味わう楽しみ方にも少なからず影響をもたらす。飲食店のシェアの現状を考える。
ビュッフェレストランは新しい形を模索
ビュッフェを打ち出していた店は、その対応に苦戦を強いられている。サラダバーが主力商品の一つのファミリーチェーン「シズラー」は、状況を見つつサラダバーを再開しているが、同時に「ご自宅でサラダバーを」と打ち出して人数分のサラダバーセットのテークアウトを始めている。
ビュッフェレストランを持つホテル日航福岡も、一時やめていたビュッフェ形式の料理提供を工夫しつつ再開している。基本的に、料理は店のスタッフが取り分けることで対応するが、各テーブルに客が使うためのビニール手袋も用意。デザート類や冷たい料理は、個々の皿盛りで提供し、客が自ら取れるようにして「自分でブッフェは取りたい」というニーズにも対応している。
ビュッフェを行う多くの店では料理卓に透明のフードカバーを付ける対応をしており、料理の取り分け用のトング類はこまめに交換、消毒をすることは必須となった。客が自ら料理を取るのではなく、着席のまま注文するオーダーテーキングに形式を変えた店も少なくない。
横浜中華街などではコロナ前から多くの店でやっていた形式のため、参考になるモデルケースはたくさんある。中国料理の場合は主に強火で短時間に調理できる料理が多いのだが、和洋中を取り入れたレストランでは、調理のオペレーションが複雑化するためオーダーテーキング形式は手間がかかる。
マンパワーが弱い店は苦戦
パン屋もある意味ではビュッフェスタイルといえよう。都内の行列の絶えない人気のベーカリー「ブーランジェリースドウ」では、店内に入れる客数を3~5人に限定し、基本的に一人のスタッフが店内に誘導し、客が食べたいパンをスタッフが取るサービスも行っている。狭いスペースの業態で、接客対応のスタッフ人員を一人置いているわけだ。
店にとってビュッフェの業態は、人件費を食材費に回すことができるビジネスモデルとして定着していた。そのため、もともとマンパワーが弱い店が多く、人的コストが増す現在のコロナ禍の対応はビジネス上厳しいといえるだろう。
以前、私がご協力をしていたブッフェレストランが人気の地方の大型ホテルでは、シーズンによって売上げに波が出る。そのため打ち出せる時に一気に売上げを上げることが必要であった。今年はゴールデンウイークや夏休みといった時期に大波が打ち出しにくく、ビュッフェは余計苦戦せざるを得ないだろう。
食べ物や飲み物の「シェア」は合理性だけではない
ビュッフェのほかにも、店から“客が行うシェア”は見かけなくなっている。例えばカウンター席中心の店などにある無料の水ポットだ。ポットを客が共有するため、なくした店は少なくない。
同様に箸入れによる箸の提供方法や、セルフスタイルのセットのスープなど、細かいシェアはいろいろあり、もちろん相席も消えている。大阪の名物串カツ店では、文化ともいえるソースの“2度付け厳禁作法”をやめて、小皿にあらかじめソースをもって提供するなど工夫をしている。
飲食店にとって客にしてもらう“シェア”は、合理的なサービス方法として価値をもっている。人件費を削減して原価率を上げることにもつなげてきた。また、客にとっても、店で行う“シェア”は、「その店を選んだ人」というある意味一体感の中で許容してきたし、実は気負わずにいられる安堵感をもたらすものでもあった。意味のあるものだったと感じている。
日本の外食産業の基礎ができたとされる江戸時代から、現代まで培ってきた創意工夫や習慣が、数ヵ月で変わることになった。冷えた水が入ったポットが卓状に見えなくなり、今までは気にも留めていなかった当たり前だったことが、最近は妙に愛しく思えるのである。(食の総合コンサルタント 小倉朋子)