タイ、大麻業界に安堵の声 名より実を取った新政権
昨年6月の大麻解禁以降、タイでは大麻バー(写真)や大麻カフェなどが林立し、大麻クッキーなどが売られている=5月、バンコクで小堀写す
タイで新たな連立政権が発足したことを受けて、昨年解禁された大麻を取り扱う業界からは安堵(あんど)の声が広がっている。連立政権協議は当初、下院第1党となった前進党が中心となって進められていたが、同党が大麻の再禁止を掲げたことから反対する意見が相次ぐなど協議は難航。現状を維持するとしたタイ貢献党を中心とする政権が誕生したためだ。大麻市場は食品や飲料のほか、スパやリラクゼーションの業界にも広がっており、業界団体によると市場規模はすでに200億バーツ(約800億円)に達する勢いだ。前進党政権が誕生すれば、職を失う事業所が1万ヵ所以上に上るとみられていた。
タイ政府は昨年6月上旬、大麻を麻薬として禁止するリストから除外。これにより、健康や医療、美容目的としての家庭内での栽培などが解禁された。首都バンコクにとどまらず、全国の主な都市で「大麻バー」や「大麻カフェ」「大麻クッキー」を販売する店が現れるようになった。
栽培する人は全国で100万人をはるかに超えて、新たな投資先や優良就労先の一つに。加工されたさまざまな商品は外国人観光客にも好評で、教師や弁護士などの職を投げ打って大麻市場に参入する人の姿も見られた。
こうした事態に結果として“水”を差すことになったのが、今年5月上旬に投開票のあったタイ下院の総選挙結果だった。事前の予想を覆して、新党の前進党が151議席で第1党に。同党は大麻の再禁止を強く訴えており、にわかにその可能性が高まった。
これには、前政権で大麻解禁を進めたタイ名誉党などが猛反発。前進党が王室への侮辱を禁じる不敬罪の廃止も主張していたことから、これらに反対する主要政党や旧軍政が指名した議員らで構成する上院も、首班指名選挙で反対票を投じた。結果、前進党のピター党首は上下両院の合同議会で過半数の賛同を得ることができず、政権奪取は幻に終わった。
結局、発足したのは現実路線を歩むタクシン元首相派のタイ貢献党を中心とする新たな連立政権だった。大麻の再禁止や不敬罪の廃止にも柔軟な姿勢を持ち、親軍政党のほか産業界からの支持も取り付けた。貢献党の政権は2014年の軍事クーデターで倒されたが、うそのような再登板となった。
戦後だけでも、幾度ものクーデターに見舞われたタイの政治。そのたびに人々は民主化を口にするが、一方では現実路線も求める。今回の大麻市場をめぐる反応も、まさにそうした一つだった。食品加工産業は、タイの生命線ともいえる基幹産業だ。名より実を取ったと言えそうだ。
(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)