鯛骨で奇跡のラーメンスープを創る22歳 クリエイションが枯渇しない働き方
料理人の本分を食分野におけるクリエイション全般ととらえ、従来の料理人の働き方に風穴を空けるような新世代料理人が生まれている。従来の料理人の典型像といえば、10年ほどの修業をへて独立し、営業前の仕込みから夜遅くまで自ら店に立つというスタイルだろう。そうした像とはかけ離れた、新世代料理人の価値観・生き方をご紹介する。
実店舗を持たずファンを育てるZ世代の出店スタイル
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ラーメン×懐石もあり…ミレニアル世代のお腹と好奇心を満たす「食の実験場」を渋谷に作ってみた
東京・渋谷で4ヵ月間限定オープンしている食クリエイターたちの実験やプレゼンテーションの場「ツカノマノフードコート」でも、ひと際人気の「鯛骨ラーメン」を作る横山祥太郎シェフ。若干22歳、彼のラーメンは日本のおだし文化が生み出した奇跡の一杯といえる。
国産真鯛の尾頭や骨、そして野菜を入れて煮込むこと数時間。驚くほど濃厚、それでいてさっぱりし、思わず目をつむって堪能したくなるうまみのあるスープを作り出す。
「おだしを家でちゃんととる若い人は、ほとんどいなくて悲しい」そう語る横山氏は、日本の文化に貢献できる食開発を目指し、和食系の料理学校を出てすぐに独立した。
独自に開発した鯛骨を使った「奇跡のスープ」を武器に、実店舗は持たずにまず半年間、中目黒で「間借りラーメン屋」を開いた。そこでの手応えをへて現在はツカノマノフードコートで毎週月・水に出店中である。
こうした横山氏の出店スタイルは、実にデジタルネイティブ、そしてヘルシーな生き方を重視するZ世代らしいと思う。SNSにより、ファンとシェフが直接つながる時代。固定の実店舗を持たずとも、この奇跡のスープと出店場所さえ分かれば、ファン達は彼のラーメンを食べることができるのだ。
Z世代とは:1900年代後半〜2000年代に生まれた世代のことで、次の消費を担うニュージェネレーション。
「料理人の本分はクリエイション」 創作活動の時間を保つためスープビジネスに参入
横山氏がこのような出店スタイルにこだわるのには、学生時代の飲食店勤務の経験が背景にある。日々決まったオペレーションを回す必要がある飲食業界では、長時間労働や人手不足が常態化し疲弊する料理人が多いらしい。
本来は料理が大好きなはずなのに、メニュー開発・客とのコミュニケーションなどクリエイティブな活動にあてる余裕がない。横山氏はそんな働き方に疑問を抱いたのだ。
22歳にして飲食業界を俯瞰(ふかん)し、料理人たちの働き方に一石を投じようとする。鯛ラーメン以外にも「ラーメン懐石」など世界への進出を目指す「新ジャンル和食」の開発も試みる横山氏。
クリエイティブな食の創作活動に専念できるよう、現在の鯛骨ラーメンのルーティンワーク(仕込み)から自らを解放しようとたくらむ。
ラーメンのスープの量産化および原液販売といえば、通常は実店舗で行列が絶えない有名店がやりそうなイメージであるが、彼は実店舗を持つことなくその領域に参入しようとする。
なかなかにチャレンジングには思えるが、鯛骨ラーメンの奇跡の味を知っている筆者からすれば、大いに可能性があると思う。
田村浩二シェフの「Mr.CHEESECAKE」のように、実店舗を持たないD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー、顧客直結型)ブランドとして成功する食プロダクトから学ぶことは多いはずだ。
流通とマーケティングはプラットフォームを使えば自らでできてしまうこの時代。消費者の手元に行くかどうかは、要するに味とブランディングだと筆者も常々感じてる。
いま、飲食店が提供する価値の再考が必要かもしれない
普段、ツカノマノフードコートで筆者が横山氏とコミュニケーションをとる中で、彼には若くしてブランディングやビジネスにおけるセンスがあると感じる。そういったセンスを飲食業界以外の多様な業種の先輩達から学んでいると横山氏は語る。
横山氏のファンには広告業界、経営者、写真家、タレント、編集者など若くして活躍するミレニアル世代の方々が多い。
閉じがちな飲食業界では、活躍する異分野の方々との接点を持ちづらいが、そういったお客さんをファンにもち、そこから柔軟な考え方や、自然とマーケティング的な視点を学んでいるのが彼の強みだと思う。
横山氏の将来の夢は、斜めの関係がたくさん生まれるコミュニティーのような空間を作ることだという。そこにはもちろん彼のプロデュースした鯛骨ラーメンもあるのだが、それはあくまでコミュニケーションツールであり、メーンではない。
「その場で出会ったお客さん同士が、新たなクリエイションを一緒にたくらむ仲間になってくれたら最高」と横山氏は語る。
カレーを中心に多種多様な人がミックスする場所「6curry」(渋谷・恵比寿)が話題となっているように、飲食店の提供するメーンの価値に「味以外」が求められる時代なのかもしれない。料理人とお客さまが共に心地よく、メリットを作り出せる次世代の飲食店の在り方が求められている。(フードプロデューサー 古谷知華)