ブームの高級海苔弁は令和の「おふくろの味」
昔から親しまれてきた海苔弁が、ちょっとしたブームだ。火付け役ともいえる店の1つ海苔弁専門店「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」は、銀座や東京駅など都内の一等地に数店舗構え、昼時は客足が絶えない。高級海苔弁専門店が次々にオープンしているほか、参入する他業態の店も出ており、そこでは通常メニューに「高級海苔弁」を加えている。1つ1000円以上する海苔弁に、消費者は何を期待して購入しているのだろうか。
海苔弁の歴史と役割
海苔弁が食べられるようになったのは、海苔が大衆にも手が届く価格帯になった江戸時代だそうだ。一般家庭の弁当として定着していったのは昭和に入ってからだろう。現代ほど「ごはんのお供」が多岐にわたり商品化されていなかった時代は、海苔弁は家庭の手作り弁当の定番であった。海苔とオカカを醤油でまぶしご飯の上に敷き詰める。
現代の定番の海苔弁を初めて商品化したのは、持ち帰り弁当惣菜店の「ほっかほっか亭」といわれている。1976年に「海苔弁当」として発売。当初はメーンのおかずは焼き魚だったが、調理工程の効率化によって現在と同じような魚のフライに変わったという。しかし定番の揚げちくわなどは発売時から入っており、当時から今日まで同店の人気ロングセラー商品となっている。
現代では、多くの店で海苔弁を出しているが、どの店においても「安価で、それでいてボリュームがある」というのが海苔弁の人気の理由の1つにあった。それがなぜ今、高級化しているのだろうか。
外食もできず「日常のごちそう化」ニーズが
筆者は現象として「日常のごちそう化」と称している。外食がままならない状況下において、普段の家庭内の食事に変化が欲しくなる。しかし変化といっても、諸々のストレスや将来への不安などが多い現代においては、全く想像もできないような新しいものにチャレンジする欲求も出にくいのではないだろうか。
その点「海苔弁」は、誰でも知っている馴染みのあるメニューだ。ド・定番のおかずとご飯の上に敷き詰められた黒い海苔は哀愁さえある。そして安価であった。それが1000円以上の高単価となれば、「安心できる“あの”味が、どんな変化となっているのか」好奇心もそそられる。
そのため、あくまでも「海苔弁」である必要がある。この点はブームにさせる重大な要素だ。高級食材を使用するとか、希少性のある食材で単価アップを図るのではなく、あくまでも海苔弁としての「品性」を損なわず、価格を上げて消費者を納得させる“手法”はどういったものなのか。その好奇心が購買意欲をそそるのである。
日常食の馴染のある商品(メニュー)を高級化させる「日常のごちそう化」(筆者造語)は、「高級食パン」、「マリトッツォ」、「高価格いなり」などにも共通する。マリトッツォもイタリアの日常食の1つにすぎないのだが、安心できる安価なものに付加価値をつけてごちそうにさせることが、エンターテイメントなのだ。
海苔弁を食べたくなるメカニズムは
さらに海苔弁はロングセラーとして実績があるため、昨今の厳しい状況においても失敗しにくいと判断できる。素材や調理技術などにより、安定売上げも期待できる。新メニューとして打ち出すにはバランスのよいメニューといえるだろう。
さらに、海苔弁には食べたくなるメカニズムがある。海苔の香りや、鰹節・醤油のうまみ成分と塩味、そして甘味など、五感を刺激する要素が合わさっている。それがトリプトファンを含むご飯と一緒に口に運ばれ噛むことによって、唾液が出され、脳に幸福物質のセロトニンが出る。海苔弁を食べてリラックスするとか、満足感が得やすいのはそのためである。また黒い海苔の全面は、好奇心を揺さぶる視覚効果もある。ロングセラーになる理由はこういった点も大きい。
最近では手作り海苔弁を作らない家庭が多い。市販のふりかけをかけるほうが楽であるし、安価で済む。高級海苔弁はそういった面においても“新鮮”であるのだ。海苔弁を「令和のおふくろの味」と命名することとしたい。(食の総合コンサルタント 小倉朋子)