パスタの国でラーメンブーム イタリア人のペースにあわせた工夫で人気に

「マンマの作る料理が世界で一番おいしい」と心から思っている人が大半を占める国、イタリア。当然のように、食に対してとても保守的である。ところが、イタリアの食のトレンドに異変が起きている。約10年前までは生の魚の料理だと気味悪がられていた和食が大ブーム。それどころか、ラーメン店まで次々にオープンしている。その理由を検証してみよう。

2015年のミラノ万博がラーメン人気の火付け役に

自分の家族の味をこよなく愛するイタリアでは、ほんの10年ほど前までは、日本人経営の日本食レストランは他の欧州諸国に比べて数が少なく、イタリア人の利用者も少なかった。当時はまだ生魚に抵抗を感じるイタリア人が多かったのだ。

ところが中国人が経営する中華料理店が、安価な食べ放題形式の日本食を提供し始めたところ、若者を中心にイタリア人にも浸透しはじめ、日本食のイメージが変わりつつあった。

この状況が好転したのが、2015年にミラノで開かれた食の万博。大成功を収めた万博の中でも、日本パビリオンは毎日長蛇の列ができるほど人気を博した。

そして万博でブレイクした本物の日本食ブームは、とどまるところを知らずイタリア中に波及し、日本人による日本食レストランも多くオープンしたのだ。

そして、意外なことに世界的にヘルシー食として人気を誇る日本食の代名詞、寿司や天ぷらだけでなく、ラーメンまでイタリア人に人気なのだ。

ローマの中心地、パンテオン近くにオープンしたラーメン&寿司のレストラン

意外、というのは理由がある。イタリア人はおおむね猫舌である。特に冬でも雪が降らない温暖な気候のローマでは、もともとスープスパゲティの文化もない。そんなイタリア人が熱々のラーメンを食べるとは思えない。

しかも、イタリア人の食事のマナーではスパゲティをすすって音を出して食べるなんてもってのほか。一方でラーメンは食べる時に汁が跳ねて洋服にシミがつくことも。オシャレなイタリア人は、子供でも服に付いた食べ染みを気にする。

さらに、イタリア人は食事に時間をかけて心ゆくまで楽しむ文化がある。ラーメンのように、伸びてしまわないように大急ぎですすって食べる、という食事のスタイルは、イタリア人には受け入れがたいと思われた。

ところがラーメンブームが、実際に起きたのである。

イタリアンレストランのようなローマの人気店「ラーメン・バー・アキラ」

では、どうやってラーメンはイタリア人の心をつかむことができたのであろうか?

まず、ローマで最初にラーメンブームを生み出した、若き日本人オーナーの「ラーメン・バー・アキラ」を見てみよう。2016年に開業し、現在ではローマ市内に3店舗展開しているほどの人気店だ。

ラーメンバーというだけあって、日本のラーメン屋とは全く違う店構え。どちらかというと、イタリアンレストランのような内装である。白を基調とした天井が高く、広々とした清潔な空間。そして大きなガラスの向こうでは、実際にラーメンを作っている料理人の姿が見えるところも楽しい。

ローマの「ラーメン・バー・アキラ」

肝心のラーメンは、豚骨醤油がベースの本格的な日本の味。ベジタリアンラーメンや夏には冷やしラーメンまである。

ラーメンのほかにも、ギョウザや唐揚げ、焼き飯、チャーシュー丼も並んでいる。イタリア旅行中の日本人が食べても満足できる本物の日本の食文化である。

では客層に日本人が多いかと思えば、実際はほとんどイタリア人である。本格的な豚骨ラーメンはイタリア人にもおいしいのである。また猫舌のイタリア人に合わせた少しぬるめなスープも人気な理由かもしれない。

イタリア人オーナーの人気店「まま屋ラーメン」

「ラーメン・バー・アキラ」から1kmほどのところにもう一軒「まま屋ラーメン」という人気店がある。2016年創業の店は、日本っぽい雰囲気を醸し出している。

ローマの「まま屋ラーメン」

まま屋ラーメンはオーナーがイタリア人だが、ローマにあるミシュランの1つ星イタリアンレストランの日本人シェフがプロデュースというユニークな店だ。まさにイタリアと日本の食の融合である。

まま屋ラーメンは、添加物フリーのヘルシーなラーメンがコンセプト。イタリア人になじみのない食材でのアレルギーを配慮して、原材料もきちんと注記している。

メニューは牛骨ラーメンと鶏のスープのラーメン、そしてベジタリアン向けの野菜味噌ラーメンが基本メニュー。このほか、冬は牛テール、春は豚骨、夏はエビ、秋はカレー味のラーメンも加わる。しっかりとだしが効いた熱々の本格的なスープが自慢だ。

まま屋ラーメンの牛骨ラーメン。紅ショウガと柚子胡椒のトッピングが絶妙のおいしさ

ニンニクや添加物が入らない上等なスープの味は、日本人にはラーメンとしては上品すぎる感もあるが、イタリア人にとっては彼らの食生活により近いもの。

近くに大学もあるせいか、いつも多くのイタリア人の若者で賑わっている。さすがに麺をすすっている人はいないが、上手に箸を使って食べている。フォークを頼む人はほとんどいないという。日本文化が本当に浸透していることを実感させられる嬉しい瞬間である。

ゆっくり味わえる工夫をしたイタリアのラーメン店

どちらのラーメン店でも、少し太めの麺をアルデンテ気味にゆでてあるところが共通点である。麺がすぐに伸びてしまわないので、ゆっくり食事を楽しむイタリア人のペースにぴったりだ。

もともと急いでレストランで食事をするという概念のないイタリア人たちは、ゆっくり箸とレンゲを使って器用にラーメンを口へ運んでいる。ラーメンを音を食べながらすすって食べているイタリア人はいない。うるさい音はたたず、汁も飛び跳ねることもない。

イタリア人たちは、ゆっくり箸とレンゲを使ってラーメンを口へ運んでいる

また日本のラーメン店にない特徴は、日本酒までおいてあること。ビールも、もちろん日本製が飲める。お昼でも、ラーメンと一緒にアルコールも楽しんでいる姿を多くみかけた。

両店ともランチタイムには、ラーメンにギョウザやおにぎりなどがついたランチセットが人気だ。セットと言っても、イタリア料理のようにそれぞれ別々に一皿ずつ順に運ばれてくる料理をゆっくり楽しむのである。

現地の食文化をきちんと考慮したうえで、本格的な味を提供する。このことが、在伊日本人だけではなく、イタリア人からも支持されている理由なのだ。今後のさらなる日本食の展開が楽しみである。(フードライター 鈴木奈保子)

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