寿司や焼肉も「立ち食い」が続々と コロナ禍での新たなニーズが背景に

江戸時代、日本で初めてファストフード業態が確立されたといわれているのが、せっかちな江戸っ子がサクッと腹ごしらえをする、“屋台の立ち食い業態”だった。そんな昔を思わせる立ち食い形態の店が、コロナ禍を契機に次々にオープンしている。イタリアンやスイーツまで立ち食いスタイルに進化している傾向だ。

少人数・短時間がメリット

かつてフランス料理を立って食べる新業態として「俺のフレンチ」が一世風靡した。それによって、「ちょっと一杯、飲んでから帰ろうか」といった気軽な立ち飲み屋から、グルメな料理を食べることを目的とした業態まで立ち食いの業態の幅が広がったといえる。そしてコロナ禍において、立ち食い業態の店が次々に開店する理由もわかりやすいといえる。

鮨 銀座おのでら 登龍門
4月にオープンした立ち食い寿司店「鮨 銀座おのでら 登龍門」

以前のような、2次会、ましてや3次会という飲み方は減り、「家飲み」が増えた。立って飲む店の客の平均滞在時間は約30分と言われているため、早めに切り上げられる「気分転換の場所」として立ち食い店舗は便利な業態となった。

また、立ち食いスタイルの場合、カウンタ―だけの店や小規模店舗が多いため、1人、もしくは多くて3人の少人数での来店になる。本当に気心知れた関係性の相手と来店するから、客側も心理的に感染の不安が軽減されるのだろう。店側としても小規模で投下資金を減らし、人件費ほか経費削減も可能なため出店しやすい。安価でかつ質のよい料理提供につながれば客にとってもメリットは大きい。

コロナ前は1人で入りやすい外食店は限られていたが、こうしてさまざまな立ち食いグルメが増えたことで、消費者も選択肢が広がったともいえる。

老舗店や高級店も新業態に積極的

東京・大手町の「港屋2」は、黒を基調としたスノップな内装で、テーブルの上には生花のバラが飾られる中、そばを提供している立ち食い店。看板も小さくわかりにくいにもかかわらず、連日賑わっている。

汐留にある「立ち食い海鮮丼 みこ食堂」は、安価な1000円から少々ぜいたくな3000円台まで幅をもつ海鮮丼の専門店だ。立って食べる丼ぶり一杯の値段としては、3000円台は一般的には安価とはいいがたいが、ネタの内容を見れば納得できる。

また、かねてから渋谷に構える「立喰い焼肉 治郎丸」は、A5ランクの牛肉もあるが、着席スタイルの店よりもリーズナブルで1人焼肉が楽しめると人気だ。老舗店や高級店が新業態として出店するケースもある。

新橋の「立喰い寿司 あきら」は白金の名店「鮨 龍尚」が手掛ける店。また、「鮨 銀座おのでら」による表参道「立喰鮨 銀座おのでら本店」や、「鮨りんだ」による荏原中延「ブルペン」も、コロナ禍のなか開店している。

suba
京都市にある「suba」はアートとそばを融合させた新感覚の立ち食いそば。カウンターは陶器のアート作品

立ち飲み店と異なるコミュニケーション

これまでの“老舗”の気軽な立ち食い店と、コロナ禍で開店したグルメ立ち食い店とは何が違うのだろうか。もちろん、客単価や料理もアルコールのラインアップも違うのだが、それ以前に筆者が感じるのはコミュニケーションのあり方だ。一杯飲み屋としての立ち飲み屋は、馴染み客が多く、顔見知りの客同士、また客と店との個人間のコミュニケーションの場でもあったと感じる(例外あり)。

お酒の美術館
広島市中区のポプラ八丁堀店に2020年にオープンした立ち飲みバー「お酒の美術館」

一方で、新規グルメ系は基本的に“一見さん”が主流で、店側も1周するまで主たる客層を読み切れない場合が多い。ゆえに、気軽さはより強く、自由度も高いといえる。今まではそれなりに原価の高い料理を外食で食べようとしたならば、単に料理を口にするだけでなく、客同士、もしくは客と店との会話やサービスを待つ時間といった「間」が伴っており、その時間は避けられなかったように思う。しかし立ち食いの場合は単に「食べる」行為を目的に来店し、短時間に目的を遂げて退店が可能となる。

飲食店を「食べる場」としてとらえるのか、それとも「空間」としてとらえるのか、コロナ禍で客のニーズは少しずつ変化し、また多様化したといえるだろう。(食の総合コンサルタント 小倉朋子)