とろみボタン付き自販機も登場 高齢者の誤嚥を防ぐ「とろみ」のニーズ高まる

カップ式自動販売機の調節ボタンといえば「砂糖」「ミルク」などだが、いま広がりつつあるのが「とろみ」をつけられる機能だ。ドリンクに「とろみ」をつける? 誰が注文するのかと思うだろうが、超高齢化社会の日本では今後ニーズが高まると考えられる。年齢とともに、噛みにくい・飲み込みにくい悩みが多くなり、むせたり食べ物が喉にひっかかるようになる。そのまま放置しておくと、誤嚥(ごえん)につながり、命にかかわる誤嚥性肺炎を引き起こす。その予防法として、食べ物に「とろみ」をつけるのが有効な手段の一つだ。
福祉施設で働く管理栄養士の立場として、誤嚥を防ぐための「とろみ」と使用法について紹介したい。

摂食・嚥下機能は年齢とともに低下

食べ物を食べる・飲みこむとは、意外と複雑な仕組みだ。「摂食」とは「食べること」、「嚥下」とは「飲み込むこと」であり、食べ物を口に運び、咀嚼(そしゃく)して、胃の中へ送り込む、一連の動作のことが「摂食・嚥下(えんげ)」である。

摂食・嚥下機能には5期ある。

(1)先行期:食べ物を目で見て認識する。
(2)準備期:食べ物を口に入れて、咀嚼する。
(3)口腔期:舌や頬を使って、食べ物を口の奥から喉へ送りこむ。
(4)咽頭期:脳にある嚥下中枢からの指令で、食べ物を食道へ送りこむ。
(5)食道期:食べ物を胃へ送りこむ。

この摂食・嚥下の5段階のうち、どこかに問題がおきた場合は、「摂食・嚥下障害」と呼ばれる。

高齢者になると、舌の運動機能や咀嚼能力が低下したり、唾液の量が減ったりすることで、食べ物をうまくまとめられなくなる。また食道の筋肉が収縮せず、食道から胃に食べ物を送り込むのが難しくなっていくのだ。そのような状態になると食べ物を飲み込みにくくなり、むせたり食物の詰め込みを起こして、唾液(だえき)・飲み物や食べ物が気管に入る誤嚥につながる。

「とろみ」で誤嚥を防ぐ

食べ物や唾液には細菌が含まれているので、細菌が気管から肺に入り込むことで、肺炎を起こす。これが「誤嚥性肺炎」であり、2016年では約3万8500人が死亡しており、2030年には約13万人弱に上ると予測されている。

参考サイト:
東京都健康安全研究センター 人口動態統計からみた日本における肺炎による死亡について(肺炎,インフルエンザ,誤嚥性肺炎,年次推移,世代マップ,人口動態統計)

生きるためには食べ物を食べる必要があるが、食べることが死亡につながる危険性があるという事実をわれわれは認識する必要がある。なかなか食べ物を飲み込めない、お茶を飲むとむせてしまう。最近飲み込むことに不安がでてきたら、医療機関で摂食嚥下機能を調べてみよう。それが誤嚥性肺炎を回避するポイントだ。

外出時に手軽に好きな飲料が飲めると喜ぶ声が広がる

日本初の新機能「とろみボタン」付きカップ式自動販売機を開発した企業は、ニュートリーとアペックスだ。ニュートリーは嚥下機能が低下した方向けに嚥下サポート食品や少量しか食べられない方向けに高栄養食品などを販売している。

医療機関や介護施設では、飲み込みが困難になった方には、「とろみ材」を飲料に加えマドラーなどで攪拌(かくはん)して、とろみの程度を調整する。提供する際には、介護スタッフなどが嚥下機能低下の状態に合わせ、その都度飲料に濃いとろみから薄いとろみをつける必要がある。

また外出時に飲料を嚥下困難者に提供する際は、とろみ材とマドラーを持参するか、事前にとろみをつけた飲料を準備して持ち歩かなければいけない。とろみがついた飲料を飲んでもらうには、なかなかの手間がかかるというわけだ。

攪拌して、とろみの程度を調整

この自動販売機では、「とろみ材」がセットされており、「とろみボタン」を押すととろみがついた飲料が出てくる。とろみの濃度も「薄い」「中間」「濃い」の3段階から選べ、嚥下機能に応じた飲料が提供されるので、利用者の新しいニーズに応えた自動販売機になりそうだ。

外出先で「自分の好きなジュースやコーヒーを飲める!」と喜ぶ利用者だけでなく、介護スタッフの手間が少なくなるという意味でも、画期的な機能であろう。酸味がある飲料や牛乳など飲料の種類によって、とろみ材の量も変わってくるので、出来上がりの粘度の安定感も気になるところだ。

湯飲みにはいっているのは、お茶にとろみをつけたもの。それぞれの状態に合わせて、とろみをつける

手軽にとろみあんを作れる和風だし味付きとろみ材も

焼き魚や根菜類を食べるときにパサつきが気になるときがある。パサつく料理は口の中で食材がばらけて、飲み込みにくいだろう。特に高齢者になると唾液が少なくなり、さらに飲み込みにくくなる。そんな時には、おかずにとろみあんかけをかけるのだ。

味のないとろみでも嚥下をサポートするには良いのだが、味が薄くなってしまう。そこで介護現場などでは、だしにとろみ材をいれたあんかけを使用することが多い。

おかずにとろみあんかけをかける

だしを準備するのに、ひと手間かかる。この手間を省いてくれるのが、和風だし味付きのとろみ材「とろみエール とろみだしの素」(アサヒグループ食品)だ。お湯に粉末を溶かすだけで、簡単に薄い塩味のついたとろみあんが作れる。これを食材の上にかけるだけで、飲み込みやすくなるのだ。

アサヒグループ食品「とろみエール とろみだしの素」

入れ歯が合わなかったりして、噛む力も落ちているときは、食材を刻んでから、とろみあんをかけよう。食材とあんかけが口の中で合わさり、まとまりやすくなるので、ゴックンと飲み込みやすくなる。

とろみあんを食材の上にかけるだけで、飲み込みやすくなる

片栗粉でとろみをつけると、食べている間に唾液の分解酵素アミラーゼが入り、形状がさらさらになってしまう。せっかくとろみをつけても、最後には液体状になり誤嚥のリスクが上がるのだ。

「つるりんこQuickly」(クリニコ)はアミラーゼの影響を受けないので、最後まで粘度が変わらない。食べる速度が遅いなど、食事に時間がかかる人には、おすすめのとろみ材だと思う。

また消費者庁の定める特別用途食品の許可を受けた「エンゲリード」(大塚製薬工場)は、嚥下困難者が飲み込みやすく、口の中で溶けにくいゼリーだ。

大塚製薬工場「エンゲリード」

口腔内などでも液化しにくいため、嚥下訓練にも使いやすく、誤嚥の予防もできる。嚥下状態が悪いと、食べることがおっくうになり食事量が減ったり、食べられるおやつも限られてくるので、ゼリーは補食としても使用頻度が高い。

自宅で介護される人も増えてきており、家庭向けでの「とろみ材」の使用も広がりつつある。介護される人の嚥下状態、食事環境に合わせた「とろみ材」の選び方もかなり重要なポイントになるので、嚥下サポート商品には具体的な使用方法や、分かりやすい表示などが必須である。(管理栄養士 大山加奈惠)