イタリアで霜降り牛肉ブームをけん引する「神戸牛」 知名度と人気を高めた要因は
イタリアでも、数年前から世界的に有名なおいしい牛肉として神戸牛の知名度が高まっている。和牛ではなく「神戸牛」が日本の霜降り牛肉の代名詞となっているのだ。最近では日本から輸入するだけでなく、イタリア国内でも和牛が飼育されている。イタリアでは寿司、天ぷらを超えて日本食を代表する感のある「神戸牛」の人気について紹介しよう。
イタリア産の「和牛」も誕生
「ついに、人気の神戸牛のステーキを食べたよ。今、ローマの近郊でも飼育されていて、直接その農場のレストランで食べさせてくれるんだ!」と、先日、牛肉をこよなく愛するイタリア人に言われた。
なおイタリアでは一般的に日本の霜降り牛肉のことを「神戸牛」と呼ぶ。「和牛」という言葉は、ほとんど知られていない。調べてみると、本当にイタリアでも数ヵ所で和牛が飼育されている。すでに2007年から研究がはじめられ、2016年にはイタリア産の和牛肉が誕生していたのだ。
和牛といっても、純粋な和牛だけではなく、アンガス牛やその他の種類の牛と交雑させたものまでさまざまである。飼育法も日本人の専門家の指導のもとに、日本流にビールを飲ませ、マッサージを施すところまである。餌や飼育法にもこだわり、イタリア産のおいしい霜降り牛肉を生み出している。霜降り牛肉の人気にともない、年々、増加していく需要にこたえるために、日本からの輸入だけではなくイタリア国内で直接、生産されているのだ。
イタリアで一番高価なステーキは
たしかに「神戸牛」ブームといえるほど、霜降り牛肉への関心は高まっている。恐らく、2015年に開かれた食の万博「ミラノ万博」が霜降り牛肉ブームの大きなきっかけであったのだろう。日本館は、おいしいパビリオンの一つとして話題を集めたが、実際、神戸牛や松阪牛などのブランド和牛に関する試食などのイベントも行い、認知を広めたのである。
これまでのイタリア人のステーキに関する常識を打ち破る和牛ステーキは、そのおいしさだけでなく、なかなか手に入らないという珍しさも人気に拍車をかけた。新しいものや珍しいものは、いつの時代でも人々を惹きつけるものである。
少し前までイタリアでいわれる、おいしい外国牛肉は、デンマークかアルゼンチンだったと記憶している。それでも、肉屋では1キロ25ユーロ(3000円くらい)で買える。日本人にも人気なフィレンツェのTボーンステーキ、キアニーナ牛のビステッカ・フィオレンティーナも同様の値段である。ところが、本物の神戸牛の場合、1キロ300ユーロから1000ユーロという破格の値段である。今やイタリアでは、世界一高価な牛肉なのである。
イタリア人でも覚えやすい「KOBE」
冒頭に書いたとおり、イタリアでは、日本の霜降り牛肉を「神戸牛」呼ぶ。他にも、松阪や米沢牛、近江牛など、サシの入った霜降り牛肉が特徴的な有名ブランド牛はたくさんあるのに、どうして「神戸」なのか?
たしかに神戸牛は但馬牛とともに日本初の地理的表示保護制度(GI)に登録された正真正銘のブランド牛である。兵庫県で生産された但馬牛のうち、厳しい条件を満たしたものだけが神戸牛(KOBE BEEF)という刻印を押すことができるのである。そのため、他のブランド和牛より生産量が少なく、そのことも神戸牛の希少価値を高めている要因の一つである。
しかし、それよりも「KOBE」という名称自体が海外で人気な要因であろう。イタリア語ではWAGYU、MATSUSAKAなどの名称は発音や読み方が難しい。その点、KOBEはイタリア人でも、そのまま読んで字のごとく発音でき、短く覚えやすいという大きな利点がある。まさに海外進出に打ってつけなネーミングなのである。
前述の友人も、「イタリア産の神戸牛を食べた」といったが、実際は和牛である。件のレストランのHPを見ると、「イタリア初の神戸の牛」という表現はあるが、メニューには「和牛」と表記されている。なぜならイタリア産の本物の神戸牛は存在しないのである。
また、肉屋で「原産地:鹿児島」という日本語の商標がついた「神戸牛」を見かけたこともある。もちろん値段は神戸牛である。前述のアンガス牛との交雑の和牛を、「TIPO KOBE」(神戸タイプ)という紛らわしい名称で提供しているステーキハウスもある。
これらは「KOBE」という名称が、和牛より有名になりすぎたために起きている問題である。日本の地理的表示保護制度は、残念ながらイタリアでは知られていない。神戸牛としてだけでなく和牛の品質を守るためにも、日本国外での名称保護制度の周知が今後の課題であろう。(フードライター 鈴木奈保子)