渋谷の人気店を閉め、自宅でおいしい燗酒が作れるオンラインサロンで生き残りへ

新型コロナウイルスの影響で多くの飲食店が窮地に追いやられており、飲食店に求められるクリエイティビティーが「皿の上での表現力」から「新たな稼ぎ方や価値提供の創出」となっているのは間違いない。東京都渋谷区神泉にある燗酒ペアリング専門店「Gats」の閉店を、オーナーの水原将氏が4月上旬にフェイスブックライブで伝え、飲食業界に一石が投じられた。店を閉じた水原氏が果敢にも新たに始めた施策をご紹介したい。

従業員の雇用を守るため閉店を決意

燗酒ペアリング専門店として1万2500円のコースだけで人気を集めていた「Gats」は予約困難店だったにもかかわらず、4月30日に閉店した。3月には新たに従業員を増やし、新店舗オープンに向け準備を進める矢先のことだった。

閉店の理由は、新型コロナウイルスによる影響である。水原氏には燗酒の技術や人柄のためファンが多い。支援を名乗り出る顧客もあり、営業を続けることも可能であったが、そのような話は全て断り店を閉じる決意をした。

水原氏は「コロナの長期化が予想される中、再開のめどが立たない店舗の賃料を払い続けることよりも、従業員の雇用を守ることを優先した。また、このような状況で先払いチケットを販売しても大切な顧客に未来の保証ができないためGatsではしない。Gatsのような人気店がいちはやく店を閉めることで飲食業界に新しい生き残り方を投げかけられればと思った」と語った。

週に1度配信されるオンラインサロン。家庭でもおいしい燗酒が作れるよう、細かい温度設定なども教えてくれる(水原氏提供)

月額制オンラインサロンを1週間で企画

店を閉じることを決意した時、水原氏に次のビジネスアイデアはなかった。しかし実店舗から解放された瞬間、従業員たちの視野と創造力は広がり、1週間ほどでオンラインサロンの企画に至ったという。

水原氏いわく「店を閉じるとなった瞬間、従業員たちの他のスキルが拡張された。これは自分にとっても予想外の展開で、店舗なくして飲食店が生き残る方法を皆が考え始めた」という。

3月から「Gats」に勤めていた社員の寺西氏は個人で人気のオンラインギター講座を持っていることもあり、若手社員の小鹿氏も賛同する形でオンラインサロン企画が膨らんでいったという。水原氏は「自分一人では到底思いつかなかった企画。人に投資することの重要性を再認識した」と語った。

Gats従業員の集合写真(水原氏提供)

5500円という決して安くはない月額料金ではあるが、開設から1週間で会員は80人以上にのぼった。会員の大半は神泉のお店時代の常連客だが、約2割は店に来たことがない「ご新規さん」。水原氏の燗酒の技術を聞きつけ入会した人や、燗酒道を学びに入会した飲食業界の人もいるから驚きだ。

オンラインサロンは毎週月曜日の夜にライブ配信し「日本酒をどう調理するか」をテーマにしている。水原氏がセレクトした銘酒を家でもおいしく飲めるように、さまざまな燗酒手法を紹介している。

また、店での体験を家で味わってもらうため、燗酒に合う食事のペアリング理論まで学べるという。そしてサロン内で紹介した日本酒は、会員がWebで購入できるように酒蔵のEC導線まで考えられた設計になっている。水原氏は自分の店だけでなく、関わる酒蔵、ひいては日本酒業界全体をオンライン上で守りたいとくわだてる。

店舗なき飲食店が顧客に提供できる価値とは

閉店を決意する前に、出張店やテークアウト・デリバリーなどの形態ももちろん検討したという。しかしどのアイデアも「Gats」の存在を表現するには不十分だと水原氏は考えた。従業員と話す中で店の強みは水原氏の燗酒技術や知識など「コンテンツ」にあると気づかされた。

渋谷区神泉で店舗を営んでいた時のGatsの看板

当初、水原氏は独自で獲得した「燗酒道」の公開にはあまり前向きではなかったが、社員の寺西氏らのビジョンに共感し、オンラインサロン開設に至った。

水原氏は飲食店の武器は「技術」と「接客(サービス)」だと語る。燗酒に関する「技術」と力強くユーモアにあふれ聞く者を魅了する独特の「接客」スタイルの相互をオンライン上で表現することに成功している。

オンラインサロンの売上げは、現時点では店舗運営時の4分の1〜5分の1といったところだが、今後オンラインサロン内のコンテンツ充実化によってさらなる会員数を獲得し、同時に他のビジネスも考えていく予定だと水原氏は語る。

「オンラインサロンは、現時点では実店舗を再開業するまでの期間限定で考えているが、コロナ収束後も日本酒業界の新たな生き残り方として活用できないか考えている」と語る水原氏。業界全体で生き残る方法を模索するチームの姿は勇敢で頼もしい。実店舗の閉店にいち早く踏み切り、飲食業界に対し先行事例を見せてくれている彼らの今後の活動に注目である。(フードプロデューサー 古谷知華)

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