令和の食品産業特集

令和の食品産業特集:新時代展望=地方創生 成長産業化が鍵 産官学でモデル磨け

総合 2019.08.24 11929号 15面
「アイメック農法」で生産されるよしかファームのトマト栽培場

「アイメック農法」で生産されるよしかファームのトマト栽培場

人口減少と地域経済縮小を克服し、将来にわたって活力ある社会の持続的成長を目指す産官学の取組みが全国で進んでいる。2014年に第2次安倍晋三改造内閣が「まち・ひと・しごと創生本部」を設置して以来、地方経済の成長促進と東京への一極集中の是正を旗印にした「地方創生」は今年第1期5ヵ年の最終年を迎え、20年からの第2期に向けて効果検証が進んでいるが、全体を見るとまだ道半ばだ。

特に、食に注目してみると、特産品や地域ブランド、自然環境などを生かした、6次産業化による地域活性化事業が多く現れてきており、マーケットインの発想の下、国内・海外への販路開拓に成功してきた生産者も増えてきた。また、異業種からの農業参入も進み、これまでにない発想でのモノ作りやコト消費が生まれ、消費喚起や雇用促進などに貢献している。いずれの場合も1次産業の「成長産業化」が鍵となっているが、令和の新時代での維持・発展には、官民一体となった次世代モデルの構築が必要。次のステージに向けて、地方創生は今転換点に来ている。(小澤弘教)

日本で地域の経済振興が重要な政策課題として認識されたのは、1960年代前半。当時は太平洋ベルト地帯に多くの重化学工業が集中しており、工業化の進む地域とそれ以外の地域での所得・経済格差が広がっていった。そこで62年に全国総合開発計画(一全総)が策定され、地域間の経済的均衡を目的に施策がスタート。インフラ整備などによる工場立地などで、工業を通じた地域振興が目指された。このハード面での地方への投資政策は、工業の再配置と交通・情報通信の全国的ネットワークの形成をてこに、人・カネ・モノの流れを巨大都市から地方に逆流させる「地方分散」を推進した「列島改造ブーム」にもつながった。

しかし、日本が「世界の工場」として機能していた80年代前半以降、「モノを作れば売れる」という時代は去り、前述のように東京への一極集中は是正されることなく進展。今や先進国経済は財・サービスに対して多種多様な需要が高まっており、大規模なインフラ整備を軸とした経済振興策は期待される効果を発揮しなくなっている。地域の振興は、今や大規模投資による一過性の景気上昇ではなく、地に足のついたむしろソフト面での持続的発展が求められる。

●一極集中変わらず

「まち・ひと・しごと創生」における地方創生の基本目標は、(1)地方に仕事を作り、安心して働けるようにする(2)地方への新しい「人の流れ」を作る(3)若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる(4)時代に合った地域をつくり、安心な暮らしを守るとともに、地域と地域を連携する–の四つの柱からなる。その実現に向けて、「しごと」と「ひと」の好循環をつくり、それを支える「まち」の活性化を図るというものだ。こうした必要性が叫ばれるようになった背景には、人口の減少と、首都圏=東京への一極集中という、現代の日本が抱える二つの大きな課題がある。

国内人口(日本人移動者)の移動状況を、総務省「住民基本台帳移動報告」で見てみる。統計がスタートした54年からの流れを見ると、これまでに3度の人口移動期があったとされる。東京、名古屋、大阪の三大都市圏の転入超過(転入者が転出者を上回る)数は高水準で推移しており、61年には地方圏の転出超過(転出者が転入者を上回る)がピークに達した。その後オイルショックやバブル崩壊などの社会情勢の変化を経て、平成の30年間(89~2018年)を見ると、地方圏の転出超過は減少傾向にあるものの、名古屋圏と大阪圏は昭和の時代と一転し、転出超過エリアとなった。

18年のデータでは、東京圏は23年連続の転入超過を記録したが、名古屋圏・大阪圏は6年連続で転出超過。東京圏への転入者の移動前住所でも、第1位が名古屋市で1万9619人、第2位が大阪市で1万7328人、第3位が札幌市で1万5526人となっており、大都市圏や政令指定都市などからの転出の多さからも、東京への一極集中はこれまでと変わらず続いていることがわかる。

人口についても、08年をピークに減少局面に入っており、1人の女性が生涯に産む子どもの数に当たる合計特殊出生率は1.42で、3年連続で低下。晩婚化や高齢社会化も進み、国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口(平成30年推計)」では、30年以降は全都道府県で総人口が減少し、45年には東京都を除いたすべての道府県で15年の水準を下回り、65歳以上人口が50%以上を占める市区町村が約3割を占めると予測されている。

◇課題は農業経営体に

こうした課題は、農業経営体の減少を招いている。農林水産省「農業構造動態調査」によれば、19年2月1日現在の農業経営体数は118万8800経営体で、前年に比べ2.6%減少。平成の時代を通じて、農業就業人口も大きく減少しており、1990年代初頭には480万人を超えていたが、現在は200万人を割っている。高齢化が進み、平均年齢は約70歳で、35歳未満は約15万人しかいない。次世代への事業承継など、持続可能性が大きな壁だ。

その一方、農産物の生産を行う法人組織経営体は2万3400経営体で、前年より3.1%増加。一般法人の農業参入(農地を利用して農業経営を行う一般法人)は、17年末時点で3030法人と増加傾向にあり、09年の農地法改正でペースアップしている。参入するのも、食品関連業、建設業、製造業と多岐にわたっており、異業種からの取組みは今後も増えていくことが予想される。農山漁村の多い地方にとって、基幹産業である農業の強化・発信は、地方創生の大テーマである人口減少・流出の抑制とローカル経済の再活性化の起爆剤として担う役割が大きく、各地で多彩な挑戦が続いている。

●持続性が魅力育む

農業を基点にした地方創生の現場を見ると、大きく分けて二つのベクトルがある。一つは、もともとある地域資源の価値を“再”発見し、現代の商流や市況に合わせてアップデートし、発信する動き。もう一つが、外部の異業種企業が参入し、これまでにない新しい方法や技術を駆使して新たな地域資源を生む動きだ。

和歌山県有田市の早和果樹園は、同県特産品「有田みかん」の高品質生産と、ジュースなどの加工品開発に取り組む。当初は傷があるなどの理由で出荷できないB・C級品を加工に回していたが、発想を転換し糖度が高く希少なミカンを使用し、薄皮で包まれた果肉部分を絞る技術を開発。味と品質の面で高い評価を獲得し、現在はアジア圏を中心に海外へ「和歌山県・有田市」のブランドを発信している。次世代育成にも力を入れており、新卒を積極採用するなど持続的経営を進めている。

北海道旭川市の谷口農場は、有機栽培トマトやコメなどを中心に大規模栽培を行う。生産から加工、販売までを一貫して行い、地元産原材料を武器に高付加価値商品を展開。特に地域資源活用にも積極的で、地域の他業種と連携した商品開発や、敷地を開放した収穫祭など、地元密着型の経営で、地方活性化に注力している。

異業種からの農業参入で地域活性化を進める企業も多い。大阪府枚方市で工業用ゴムやプラスチックなどの製造販売を行う共和ゴムは、島根県吉賀町に農業法人「よしかファーム」を設立。医療用製品に用いられるハイドロゲルフィルムを活用した「アイメック農法」で安定したトマト栽培を実現している。全自動糖度測定器を導入し、傷つけることなく光センサーで糖度選別。高リコピン含有も実現し、多チャネルで着実にファンを獲得している。吉賀町は高齢化・人口減少・農業の担い手不足が課題で、同町は耕作放棄地増加の解決策を模索していたため、共和ゴムの農業参入は地元自治体からも歓迎。雇用促進や新たな名産品としての発信など、地域の魅力発信に貢献しており、お互いにWin-Winの関係を構築している。

これらの取組みは、農業の成長産業化が地方創生に果たす役割が大きいことを示している。1次産業の最大の課題は、事業が次の世代に承継されるかどうかだ。農業の場合、経営体数の減少や高齢化、担い手不足など課題が山積しているものの、一方で異業種法人による新規参入が進み、受け入れる側の自治体との連携も生んでいる。

●新たなステージへ

平成最後の5年間にスタートした地方創生は、国や地方でさまざまな検討が行われ、具体的な取組みが生まれてきたものの、すべてが大きな成功を納めているとは言い切れず、道半ば感が強い。政府の「まち・ひと・しごと創生総合戦略(2018改訂版)」では、各地域の人口動向や将来の人口推計である「地方人口ビジョン」、産業の実態や、国の総合戦略などを踏まえた「地方版総合戦略」の自立的取組みを期待しており、全国一律ではない、地方自身の裁量・主導による政策作り支援を明確化している。

そうした中、農業からの地方創生は、地域の魅力を独自の視点・価値で国内外に発信する取組みであってきた。地域が自らの強みを生かし、持続的に成長することで、将来的な社会発展につなげる事例は、各地で展開。地域の強みを生かし、経営体としての成長産業化への試みは全国へ広がりを見せている。

地方創生の第1期5ヵ年では、基本戦略として「しごと」が「ひと」を呼び、「ひと」が「まち」を作るという形をとり、雇用創出を大前提に人の流れの強化と、若い世代の結婚・子育て希望の実現、そしてそれらを町が活性化し支えるというモデルだ。しかし、来る第2期に向けては、「まち」に主眼を置いた戦略が求められていくと考えられる。「まち」が持つ魅力が「ひと」を呼び、「ひと」が集まることで「しごと」が興されるという新モデルだ。今や大都市圏からも東京への人口流出が進んでいるが、「まち」の魅力を高めることがその傾向に変化をもたらすことが期待される。そして、そうした魅力作りは、地域に息づいてきた農業のような1次産業だからこそ可能ではないだろうか。令和の時代からはじまる地方創生の新たなステージには、成長産業としての農業が果たす役割はますます大きくなると考えられる。

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