令和の食品産業特集
令和の食品産業特集:新時代展望=イノベーション 先端技術で生産性革命
◇労働力不足解消の切り札に
農林水産業では現在、担い手の減少および高齢化の進行により、労働力不足が深刻化している。人手に頼る作業や熟練者でなければできない作業が多いため、現場では作業の効率化や省力化、負担軽減が求められている。そこで国が力を注ぐのが、ロボットやAI(人工知能)、ICT(情報通信技術)、IoT(モノのインターネット)など先端テクノロジーを活用した“スマート農業”だ。農業従事者の高齢化や人手不足を新技術で補い、生産性向上と効率化を図る“未来型農業”への投資が活発化している。(涌井実)
農林水産省の農業構造動態調査によると、2019年の農業就業人口は約168万1000人(概数値)。前年に比べ7万2000人も減少した。平均年齢は18年の時点で66.8歳と高齢化が進み、農業の担い手不足が社会問題化している。新規就農者数も減り続け、耕作放棄地の拡大や農業技術の喪失も問題視されている。
今後も農業従事者の減少が見込まれる中、生産性を飛躍的に発展させるためには、機械メーカーやICTベンダーなどと農業者が連携し、ロボットやAI、IoT、ドローンなどを活用したスマート農業に使える新たな技術を生産現場に積極的に導入していくことが不可欠だ。これら先端技術は意欲ある農業者が自らの経営戦略を実現し、競争力を向上するための強力なツールになり得る。
農作業には機械化が難しく手作業に頼らざるを得ない細かい作業や重労働が少なくない。新規就農者の確保や栽培技術力の継承など、地域農業を次世代に継承するために、農業者や企業、研究機関、行政などが連携しながら新技術の実装を加速化させることが重要だろう。
農林水産省ではスマート農業の社会実装を図るため「スマート農業加速化実証プロジェクト」を推進。先端技術を実際の生産現場に導入して実証実験を行い、技術の導入による経営への効果を明らかにする。農業の成長産業化を実現するため、全国各地ではオープンイノベーションが進められている。
●ロボットやAI、ICTを活用
大手農業機械メーカーのクボタは、農機の自動運転化に力を入れる。直進キープ機能を内蔵した田植機、オートステアリング対応のトラクターなどをいち早く製品化。18年には、アグリロボコンバインの投入によりトラクター・田植機・コンバインの全3機種でGPS(全地球測位システム)搭載農機の製品化を果たした。
井関農機の可変施肥田植機は、2種類のセンサーが田植え時の土壌状態をリアルタイムで検知し、施肥量を自動制御する。圃場(ほじょう)内のイネの生育が揃うため倒伏が軽減され、秋の収穫効率が向上する。圃場ごとに施肥量や土壌条件を記録できるメリットもある。
ヤマハ発動機が展開する産業用無人ヘリコプターは、1ha当たり約6分で薬剤散布が可能。ダウンウォッシュ(吹き降ろし風)効果により、少量の薬剤を葉裏や株元まで均一に散布できる。農業用ドローンは小規模な田畑・農場での利用を想定する。ドローンスクールも開校し、個人事業主の利用を後押しする。
ヤンマーとコニカミノルタが出資するファームアイは、圃場のセンシングおよび画像解析サービス、農作物の生育状況の診断、処方改善提案を行う農業コンサルティング事業を展開する。ドローンに搭載したカメラで圃場全体を空撮し、生育のバラつきをマップ化。データから可変施肥設計を行い、安定した収量確保と品質アップを支援する。
パナソニック系ベンチャーのATOUNは、農業用アシストスーツの普及に取り組む。同社が展開する「パワードウェア」は腰の動きをセンサーがとらえ、パワフルなモーターの力で腰部への負担を軽減する。重量野菜の収穫やコンテナ移動の負担が減ることで、高齢者や女性の就労を支援する。
富士通が運営する食・農クラウド「Akisai(秋彩)」やパナソニックの双方向クラウド型農業管理システム「栽培ナビ」、低価格で導入できるセラクの圃場モニタリングシステム「みどりクラウド」など、クラウドによる農業支援も進んでいる。熟練農家の勘と経験による“匠の技”に頼っていた農作業のノウハウを多くの人が共有することで、経験の浅い作業者や外国人でも農業に参入しやすい土壌が整ってきた。
調査会社の富士経済は、2030年のスマート農業関連市場を18年比53.9%増の1074億円と予測する。農業はもちろん、水産業では陸上養殖システムや水温調節機器、水産用紫外線殺菌装置などが、畜産業では家畜モニタリングシステム、閉鎖型畜舎システム、畜産用光源、搾乳ロボットなどが伸びるとされている。
【食品機械・容器】
◇時代切り拓く新価値観 キーワードは「チェンジ」
新時代における食のイノベーションは、固定観念や既成概念にとらわれない新しい価値観を提示することが重要だ。過去の成功体験に縛られることなく、新たな一歩を踏み出せるかどうか–。
時代を切り開くキーワードは“Change(チェンジ)”。平成時代に業界の常識を覆し、令和の時代も食品業界をけん引しそうな食品機械やパッケージを紹介する。
■売場視点の段ボール
レンゴーやクラウン・パッケージが展開する「シェルフレディパッケージ」は売場での常識を変え、小売店のローコストオペレーションを支援する。外箱である段ボールを引き上げると陳列箱に商品が詰められた状態で現れ、そのまま店頭に並べられる。
人手不足の中、売場での開封・品出し・陳列作業が簡略化できるメリットは大きく、流通業者の作業負担軽減アイテムとして注目される。カラーリングや形状、POPを工夫すれば店頭演出効果があり、採用するメーカーが享受するメリットも大きい。
■世界が認める保存技術
アビーは細胞組織を生かす技術「CAS(セル・アライブ・システム)」で、世界の食品・医療業界をリードする。急速冷凍装置に組み込むことで食材に含まれる水分子をコントロールし、細胞組織を破損することなく冷凍・解凍する。国内では自治体や一次産業での採用が多く、原料保存や一次加工品の備蓄に使用する食品メーカーも増えてきた。ホテルやレストランでも“CAS食材”の導入が進む。
同社は東京大学や京都大学など30を超える大学と共同で基礎研究を行っている。大学の研究室に社員を派遣し、細胞を生かす研究や鮮度保持、臓器保存・再生医療に関する技術開発などにも取り組む。
■商品価値を高める容器
容器の進化で商品価値が向上する場合もある。例えば醤油売場は、キッコーマンとヤマサ醤油が「鮮度容器」を採用したことで商品構成が一変。特売の目玉だった醤油に鮮度という価値を付与し、平均売価を引き上げた。
日清フーズの「クッキングフラワー」は、容器をボトルに変えたことで利便性が向上。ナガノトマトはチューブ入りのなめ茸を発売し、使用シーンの拡大に成功した。はごろもフーズは8月に紙容器入りの「シャキッと!コーン」を発売。テトラパック社が製造するレトルト可能な紙容器「テトラ・リカルト」は、缶容器の代替品として今後注目を集めそうだ。
また、一つひとつ個包装されたもちや、一滴ずつ垂らせるプッシュ式のラー油、キャップをひねるだけで開封できるドレッシング、蓋が汚れないヨーグルトなど、目立たない容器の変化が消費者の生活を大きく進化させている。
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◆JAXAら、宇宙食料マーケット創出へ 「スペースフードX」始動
2019年3月、世界初の宇宙食料マーケット創出を目指すプログラム「スペースフードX」が始動した。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が進める共創型研究開発プログラム「宇宙イノベーションパートナーシップ」の取組みの一環で、初期メンバーとして30以上の企業や大学、研究機関、有識者らが参加する。
日本発の優れた技術や食文化を最大限に活用し、宇宙と地球の共通課題である「食」の課題解決を目指す。分野横断的な研究開発や事業創出を促進し、巨大成長市場である宇宙食料関連マーケットを早期に創出することが狙いだ。
プログラムには、微細藻類の大量培養技術を生かした宇宙での新たな食料資源の開発に取り組むユーグレナ、細胞培養技術を用いた食肉生産を推進するインテグリカルチャー、人工光型植物工場を展開するプランテックスなどが食料生産分野で参画。食品加工分野では日清食品ホールディングス、ハウス食品、サッポロホールディングスなどが協力する。
現在、各国の宇宙機関や民間企業では、月面基地構想や火星移住構想などの検討が進められている。食料面では地球からの輸送に加え、現地にて少ないリソースで効率的に食料を生産できる技術が求められている。宇宙生活における優位性の高い閉鎖型物質循環・食料生産システムや食料供給サービスを構築することは、宇宙食料マーケットの創出につながる可能性があるため、今後の動向に注目が集まる。
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