酪農・乳業新春特集
◆酪農・乳業新春特集:進展するグローバル化 生産基盤強化が課題
◆人づくり・モノづくり両輪で
2020年の酪農・乳業界は、市場のグローバル化の進展を念頭に置いたさまざまな施策が進む年となりそうだ。生乳生産は4年ぶり増産の予想が示されているが、北海道と都府県の構造的なギャップは依然として大きく、最需要期の生乳移出は限界に近づいている。都府県生乳生産基盤の強化は今や喫緊の課題として業界全体に大きくのしかかり、政府や各団体をはじめ、解決に向けた多くの施策が投じられてきている。牛乳・乳製品の需要も総じて堅調だ。一方、今年は1月に日米貿易協定が発効し、国際化の波は今後ますます押し寄せてくる。外部環境が大きく変化する中、国内酪農・乳業の土台となるのはやはり生乳生産基盤の堅実な強化であり、それを支える人の育成や、競争力の高い製品開発が両輪となって進められなくてはならない。新たなステージを迎えつつある酪農・乳業界の動向が注目される。(小澤弘教)
●生乳生産 都府県の生産強化が急務
生乳は毎日生産され、腐敗しやすく貯蔵性がない液体であることから、需要に応じて飲用向けと乳製品向けの仕向けを調整することが不可欠だ。19年度の直近(19年4~10月)までの生乳生産量をみると、北海道の堅調に下支えされ、前年比プラスで推移してきた。酪農乳業団体のJミルクが昨年10月に示した需給見通しでも、19年度は全国で前年比0.5%増の731万8000tの生産量が予想され、4年ぶりの増産が予想される。しかし、内訳でみると都府県の生産量は前年に引き続き減少傾向にあり、猛暑や台風被害の影響があったにせよ、歯止めがかからない状況にある。生産基盤の強化は喫緊の課題だ。
上記期間の用途別には、牛乳等向けは0.3%減の240万t、乳製品向けは1.5%増の187万tとなっている。飲用では、成分無調整牛乳が15年度以降プラスに転じているが、最需要期の9~10月の学校給食用牛乳は北海道からの移出に頼らざるを得ない構造的な「綱渡り状態」があり、近年は物流面でのドライバー不足や天候要因なども拍車をかけている。
乳製品では、バター需要は相変わらず旺盛だが、最近の発酵乳市場の踊り場感もあり、脱脂粉乳はメーカーでも十分な在庫状況にある。乳製品の1人当たり消費量は食生活の多様化により、特にチーズ、生クリームなどが拡大しているが、チーズは国内生産が横ばいで推移していることから、輸入量が増加傾向で推移している。
Jミルクは、生乳流通の安定と、牛乳乳製品の価値向上を達成するための重点事業を推進しており、昨年秋には酪農・乳業が力強く成長し、信頼される持続可能な産業を目指す将来ビジョンを提言した。牛乳乳製品の国内需給の向上、次世代酪農家が安心して意欲的に酪農経営を発展させてほしいというメッセージを込め、業界自らの30年度目標を最大で800万tに設定している。
●酪農経営 規模問わず多様な経営を後押し
酪農家の経営状況を見ると、近年は生産コスト面は安定的に推移し、所得水準も上昇してきたものの、人手不足の状況は逼迫(ひっぱく)していることや、コストの2分の1にあたる飼料代などの不安定要因は引き続き根強い。
乳用牛の飼養戸数は年率4%程度、頭数は2%程度の減少傾向で推移してきたが、18年に16年ぶりに増加に転じ、19年も前年比0.3%増と2年連続で増加が見込まれる。政府は14年度補正予算から性判別精液の活用など後継牛確保の取組みを推進し、今年度も継続して進めている。利用割合も増加傾向にあり、粗飼料の豊富な地域への預託育成と合わせて生産回復への取組みが行われている。
そうした中でも、特に来年度に向けて重点課題とされているのが、後継者と新規就農者の確保だ。農林水産省は19年度補正予算で、家族経営の施設整備による経営資源の継承、後継者不在の家族経営の経営資源の継承推進などを盛り込んでいる。規模の大小に関わらない支援の方針も打ち出しており、全国で画一的だった条件を緩和し、中小家族経営をこれまで以上に支援するために、「畜産クラスター事業」の規模拡大要件の緩和などを推進していく。
中央酪農会議は、20年度事業計画に当たり、都府県の家族経営型酪農を中心とした生乳生産基盤の回復を急務の課題として設定。酪農家が誇りややりがいを持てる産業として確立していけるよう、指定団体の組織機能強化や流通対策、需給安定化と基盤強化、酪農理解醸成などを重点項目として実施していく。
Jミルクは、乳業からの財源で5年間継続実施となった「酪農乳業産業基盤強化特別対策事業」について、「牛から人へ」焦点を移した内容に組み替え、取組みを強化していく方針だ。
酪農経営での労働時間は、他の畜種や製造業と比べて長い状況にある。労働時間の削減に向け、飼養方式の改善や機械化・外部化への取組みも進む。搾乳や給餌作業の負担を軽減する機械装置の導入や、育成に関わる労働負担を軽減するための預託や酪農ヘルパー活用、つなぎ買いからフリーストールへの変更・放牧など飼養管理方式の改善など、省力化推進は今後も重点的に取り組まれていく方向だ。
災害対策への取組みも進む。18年は北海道胆振東部地震による全道停電(ブラックアウト)があったが、19年も台風15号など自然災害による影響で、生乳廃棄など多くの問題が発生した。非常用電源の設置など支援は充実してきているが、ミルクサプライチェーンの稼働維持に向けた取組みは今後ますます重要視されていくと予想される。
●国際競争力強化へ SDGsへも取組み
政府は19年12月、安倍晋三首相を本部長とする環太平洋経済連携協定(TPP)等総合対策本部を開き、「TPP等関連政策大綱」を改定。これに伴い中小・家族経営や条件の不利な土地も含め、規模の大小を問わずに意欲的な農家を支援する方針を打ち出した。相次いで発効した大型経済連携協定で、酪農・乳業市場のグローバル化は今後ますます進展する。生産基盤と競争力の強化、それらを支える経営の安定化はいっそう重要な課題となっている。
同大綱改定では、酪農経営の増頭・増産などによる生産基盤の強化を明示。スマート農業の利用促進や輸出拡大に向けた環境整備などへの注力の方針を示している。
1月1日に発効した日米貿易協定では、脱脂粉乳・バターで新たな枠を設けず、チーズ・ホエーに関してもTPP枠と同様となった。しかし、長期的な関税削減の影響は大きいと見られ、国産チーズの強化とともに、ヨーロッパやアジア圏への輸出を視野に入れた施設整備などに本腰を入れる形だ。
国産ナチュラルチーズなどの競争力強化では、酪農家によるチーズ向け原料乳の高品質化・コスト低減、チーズ工房などによる生産性向上と技術研修、国際コンテストへの参加などの品質向上・ブランド化といった取組みを進め、需要拡大に向けた積極策が進められる。農林水産省は19年度補正予算で、関税撤廃などのチャンスを最大限に生かし、かつ影響が懸念される品目についての体質強化に乗り出し、戦略的プロモーション、商談サポートの強化、海外販路開拓などを幅広く展開。海外での需要拡大・商流構築に向けて実需者との取組みを進めていく。
また、国際化の進展と並行して、環境問題やアニマル・ウェルフェアなどの課題、SDGsへの取組みも求められる。Jミルクは、国内酪農乳業における取組みの手順として、酪農乳業が実際に経済・社会・環境・栄養などの視点でどのような持続可能な機能を持ち、役割を果たしているかの「見える化」から、着実な取組みの推進につなげ、持続可能性の強化を推進していく方向性を示している。今年からは業界内のさまざまな取組みをSDGsの視点で評価するための調査・議論の開始年と位置づけ、サプライチェーン全体での取組み目標を設定するフェーズとし、30年までに改善課題への本格的取組み成果を消費者に訴求していくイメージだ。同団体には、昨年4月から国際酪農連盟国内委員会(JIDF)事務局が統合され、幅広い諸課題に対する国際的な対策を世界水準に引き上げることを目指している。