beyond2020特集
beyond2020特集:東京2020大会 飲食提供・食材調達 持続可能性に配慮
◆農産・畜産・水産に国際基準
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(東京2020大会)での飲食提供は、オリンピックの21年7月23日~8月8日の17日間に約803万2000人、パラリンピックの8月24日~9月5日の13日間に約241万6700人とわが国で初めて経験する内容と規模で行われる。こうした飲食提供の経験とそのための食材調達をはじめとした東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(東京2020組織委員会)とステークホルダー(利害関係者)によるさまざまな準備は、国際基準を取り入れ、持続可能性への配慮に裏打ちされたものだ。それがレガシー(遺産)として将来に受け継がれていくことになる。東京2020大会を契機として持続可能な消費・生産の実現へ消費者の関心が高まることも期待されている。(川崎博之)
●飛躍へのハードルも
飲食提供を支えるために策定された食材の調達基準となる「持続可能性に配慮した農産物の調達基準」、議論を重ねた結果でもなおも不十分とのステークホルダーからの意見も付いた「持続可能性に配慮した畜産物の調達基準」「持続可能性に配慮した水産物の調達基準」、飲食提供のための調理用の揚げ油やマーガリン、ショートニングなどの加工食品の調達基準となる「持続可能性に配慮したパーム油を推進するための調達基準」–これら個別基準の基盤となる「持続可能性に配慮した調達コード」(調達コード)は、第1版を16年6月13日策定の木材個別基準を改定の上、編入して17年3月24日に策定、第2版を紙個別基準、パーム油個別基準を追加して18年6月11日に策定、第3版を木材個別基準の見直しを反映して19年1月15日に策定されている。
(1)どのように供給されているのか(2)どこから採り、何を使って作られているのか(3)サプライチェーンへの働きかけ(4)資源の有効活用–それぞれを重視する四つの原則に基づく。これらの食材の調達基準やパーム油を含む加工食品の調達基準は、日本の食の安全・安心にとどまらず持続可能性での世界の模範となる新たな役割を果たす潜在能力を顕在化させ、見方によっては国際的に通用する飛躍へのハードルを用意したともいえる。
●飲食戦略を機に発信
東京2020組織委員会は、競技会場、選手村、メーンメディアセンター、ホスピタリティーセンターなど東京2020大会で管理する施設で提供する飲食サービスについての基本戦略を検討するため、飲食戦略検討会議を設置、17年3月13日から9月13日までの6回の会合で、17年3月24日に策定した「持続可能性に配慮した調達コード(第1版)」と農産、畜産、水産それぞれの個別基準を踏まえて、国産食材の活用、日本食の提供を有識者の意見を聞きながら検討、基本戦略を決めた。それを国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会に提出し、18年3月に「東京2020大会 飲食提供に係る基本戦略」(飲食戦略)として公開した。
飲食戦略では、将来につなげていく取組みとして日本の食文化の発信・継承の促進を掲げた。その中で特に注目したいのは、新しい技術や優れた品質などの発信だ。「日本には、例えば、かみやすく、飲み込みやすい食事が必要となるなど、身体機能上の理由により食事に一定の配慮が必要な人に対しても、おいしく栄養価の高い食事を提供するための調理方法や各種食品加工技術、JAS制度に代表される食品の品質などを確保する仕組みが存在する」とし、「このような技術などを活用し、すべての飲食提供対象者に衛生の確保された、満足感のある飲食を提供するとともに、日本の食品の優れた品質などを発信していく」との姿勢を示している。
東京2020大会へ向けては(1)食品衛生、栄養、持続可能性などへの配慮事項を網羅した飲食提供に努めることによる生産・流通段階を含めた大規模飲食サービスの対応力の向上(2)盛夏の時期の開催を十分配慮した食中毒予防対策を講じ、食品安全の国際標準への整合も含め、先進的な取組みの推進(3)認証やこれに準ずる取組みによる国際化への対応の促進と食品廃棄物抑制など環境配慮の取組みの推進(4)日本人が自らの食文化の良さをあらためて理解して発信するきっかけ、外国人が受け入れやすい日本の食による「もてなし」の追求–の4点に取り組むとした。
飲食提供の運営に当たっては調達コードに合致した農産物、畜産物、水産物を調達し、持続可能性の高い日本の食文化を国内だけでなく世界へ分かりやすく伝えていく取組みを後押しするほか、調達コードの内容や調達コードに位置付けられたGAPなどの認証の仕組みを飲食提供の対象者に分かりやすく伝え、調達コードで推奨されている農作物などの活用についても情報の配信を行う、としている。また、食品廃棄物抑制では、その重要性の意識啓発や食べ切れる量を考慮して料理の給仕量を調節するポーションコントロールや食器のサイズを考慮するなど効果的で実行可能な取組みを推進するほか、飲食提供受託事業者へも飲食提供数予測への最大限の取組みを促している。さらに食品廃棄物の計量と見える化に可能な限り取り組み、東京2020大会後の世界での食品廃棄物抑制の参考になることへの期待も示した。抑制の努力を重ねた上でも、なおも発生した食品ロスは飼料化や肥料化ができないか可能性を検討し、資源として循環利用する取組みを進める。
●調達コードで基準示す
調達コードでは、(1)趣旨(2)適用範囲(3)調達における持続可能性の原則(4)持続可能性の基準(5)担保方法(6)通報受付窓口(7)物品別の個別基準(8)その他–を明文化した。東京2020組織委員会と契約を締結する物品・サービスの提供事業者に対し、生鮮食品については持続可能性の観点から定めた基準を満たすものを、加工食品については主要な原材料が個別基準を満たすものを、可能な限り優先的に調達することとした。
個別基準では、満たされるべき要件=表=を示し、要件を満たしたと認める認証品を定めた。農産と畜産では日本GAP協会が16年5月に策定した基準書「JGAPアドバンス2016」に基づく「JGAPアドバンス」の改定版「ASIAGAP」認証品と、食品・日用品の製造業と小売業の国際団体ザ・コンシューマー・グッズ・フォーラム(TCGF)の食品安全の専門家による非営利の改善推進事業の世界食品安全イニシアチブ(GFSI)が認めている農業生産工程管理に基づく「グローバルGAP」の認証品、東京2020組織委員会が認める認証スキームによる認証品だ。
水産では、国際認証を目指すため大日本水産会と全国漁業協同組合連合会が17年11月に設立した一般社団法人マリン・エコラベル・ジャパン協議会の国内認証「MEL」の認証品、海洋管理協議会が持続可能な漁業での漁獲と認める国際認証「MSC」の認証品、日本食育者協会の養殖水産物国内認証で英語略称を「AEL」とする「養殖エコラベル」の認証品、水産養殖管理協議会が責任ある水産養殖と認める「ASC」の認証品、世界水産物持続可能性イニシアチブ(GSSI)による承認も参考に国際連合食糧農業機関(FAO)のガイドラインに準拠したものとして東京2020組織委員会が認める水産エコラベル認証スキームの認証品となる。なお、MELは、GSSIの19年12月13日の承認によって世界9番目の国際認証となった。
パーム油では、インドネシア政府の認証スキーム「ISPO(持続可能なパーム油のインドネシア基準)」、マレーシア政府の「MSPO(持続可能なパーム油のマレーシア基準)」、持続可能なパーム油のための円卓会議の「RSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)」の認証品が該当する。
個別基準では、それら認証品以外を必要とする場合の調達基準も示した。農産物個別基準では、ASIAGAP、グローバルGAP、東京2020組織委員会が認める認証スキーム以外にも農林水産省作成の「農業生産工程(GAP)の共通基盤に関するガイドライン」に準拠したGAPに基づき生産され、都道府県など公的機関による第三者の確認を受けたことを示した農産物を加えた。畜産物個別基準では、「GAP取得チャレンジシステム」にのっとって生産され第三者によって確認を受けていることが示された畜産物を加えた。水産物個別基準では、国産の場合は漁業協同組合など、輸入の場合は輸入事業者が「持続可能性に配慮した水産物の調達基準」で具体的に示した項目と方法によって規範の準拠、規制・措置の順守などの確認を実施し、その記録が書面で確認できる水産物とした。
パーム油個別基準では、東京2020組織委員会がISPO、MSPO、RSPOと同等以上と認める認証スキームを示し、レインフォレスト・アライアンスの「レインフォレスト・アライアンス認証」がそれに該当することになった。
●レガシーにつながる動き
東京2020組織委員会が大会の1年開催延期に伴い3月30日の公表を延期した「持続可能性報告書(大会前報告書)」の調達の概要を示した「持続可能性大会前報告書(持続可能性に配慮した調達)について」(19年11月18日の第29回持続可能な調達ワーキンググループ議事録資料)は、レガシーにつながる動きに言及した。GAP認証食材を取り扱う意向を有している事業者「GAPパートナー」の拡大、障がい者が携わっている農林水産物・加工食品の認証として日本農林規格「障害者が生産工程に携わった食品」(ノウフクJAS)の新設、持続可能なパーム油の普及に向けた企業・団体 のネットワーク組織(JaSPON〈ジャスポン、事務局=WWFジャパン〉)の設立がそれに当たる。
東京2020大会が持続可能な調達に取り組むことは、調達コードに準拠するような企業の積極的なESG(環境・社会・統治)経営への取組みを促すことで東京2020大会終了後も持続可能な消費・生産へ向けた取組みが社会全体に広がる契機となり得る。企業にとっては国際的に持続可能性への対応が求められてくる競争環境の中で、将来的な事業の維持・発展に資する競争力を備えることにもつながると見られている。