海外日本食 成功の分水嶺(177)「IWASHI・YAKITORI」〈上〉

外食 連載 2023.11.10 12674号 04面
タイ東北部に開店した日本式焼き鳥店「IWASHI・YAKITORI」の店内=タイ・ウドンターニー県で小堀晋一が10月22日写す

タイ東北部に開店した日本式焼き鳥店「IWASHI・YAKITORI」の店内=タイ・ウドンターニー県で小堀晋一が10月22日写す

 ●タイのお客に日本式焼き鳥を

 タイ東北部イサーン地方ウドンターニー県。人口160万人ほどのこの地方都市の中心部に今年7月、一軒の日本式焼き鳥店がオープンした。店名を「IWASHI・YAKITORI」という。のれんにちょうちん、屋外に焼き場を設けた本格派焼き鳥店だ。モモ、ハツ、カワ、ツクネ、ササミなど日本国内で提供されているものと遜色(そんしょく)ない本場の味が堪能できる。

 店主はタイ人男性のクンナサーン・ナッタチャイさん(45)。ニックネームはエディーさんだ。25歳の時に日本に留学した。学校に通って日本語を覚えた後はそのまま日本で就職。東京の料理店などで料理を学んだ。日本在住は通算13年に及んだ。

 その間に出合ったのが、繊細な日本の焼き鳥だった。タイにも有名な「ガイヤーン」と呼ばれる鶏肉を焼いた料理はあるが、全然違う。一つ一つが部位ごとに丁寧に切り分けられ、何らかの手が加えられている。味付けも、たれ焼きに塩焼き、ゆずコショウやわさびで食べるものもある。

 一方のガイヤーンは、まるまる鶏肉一羽を火であぶっただけの大皿料理だ。もちろん秘伝のたれや天日で焼くなど工夫や伝統はある。それでも「どこを食べても同じ味のガイヤーンに対し、日本の焼き鳥は一本一本がすべてにおいて違う」とエディーさん。すっかり魅了された青年は、いつしか郷里のタイで焼き鳥店を出店したいという夢を持つまでとなっていた。

 エディーさんの特に大好きな焼き鳥の部位は、カワだという。「あのジューシーで甘い味、触感がたまらない」と、取材を受ける間もよだれをぬぐうしぐさを何度も見せた。日本で暮らしていたころは居酒屋に足を運ぶとよく、「カワ10人前!」と注文するのが定番だったという。

 タイに帰国したのは5年前。故郷はラオスにも近いサコーンナコン県だが、仕事を求めて隣町の都会ウドンターニー県で職探しをした。縁あって勤務することになったのは、飲食店などに食材として卸すモヤシの製造販売会社だった。1日当たり4000~5000kgものモヤシを卸すという。仕事を通じて業界の縦横のつながりや、新鮮な食材調達ルートなどを知るようになった。

 出店に当たっては、日本のレストランで働いていたころのオーナーの「ヒロさん」に協力を仰いだ。快く応じてくれたといい、共同出資者となって今も数ヵ月に一度は顔を出してくれるという。

 店名の「IWASHI」だが、店は焼き鳥専門店で、料理のメニューにイワシ料理は置いていない。食材にも使っていない。この点をエディーさんに聞くと笑って教えてくれた。

 「音の響きがタイ人に心地良いので採用した。イワシ料理がなくても問題ない。タイではそんなこと、マイペンライ(気にしない)」

 エディーさんは実にパワフルだ。取材を申し込んだ日も、用事があった北部チェンライ県から山道を車で11時間も運転して駆け付けてくれた。出店から3ヵ月。タイメディアも含めて初めての取材を楽しみにしていたという。あらためて所信を尋ねた。

 「日本式のおいしい焼き鳥をタイのお客さんにも」。明快な回答が返ってきた。

 (バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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